【霊界の音楽】とは
副題『大音響のハードロックや、パンクを好む人は、霊性の低い人なのか?』
「それは、私の大いなる偏見か?」
ではここでシルバーバーチの霊訓10巻第6章「音楽を語る」ページ103に関して読み上げたいと思います。これは先ほど私の音楽性、好きな音楽、嫌いな音楽、その私の見解は、チャーチャがご指摘の通り、はなはだ偏見に満ちているのですが、・・・
シルバーバーチの「音楽を語る」それに対して、チャーチャはどのような解釈をしたのか、どんな思いでそのシルバーバーチの回答を聞いたか、それをぜひ知りたいと思います。
ではシルバーバーチの霊訓より、「音楽を語る」。その一部を読み上げていきたいと思います。
『こちらの世界へおいでになれば、大変な楽しみがあなたを待っております。と申しますのは、霊界には今のあなたには理解できない性質と卓越性を持った音楽が存在するからです。
地上でまだ一度もお聞きになったことのないオクターブがあります。シンフォニーもあります。コンチェルトもあります。オーケストラもあります。最高の作曲家や演奏家が無数にいます。地上にはほんのわずかしかおりません。地上で大作曲家と言われている人のすべてがこちらへ来ているわけですが、その巨匠がその後さらに向上進化しているのです。
鑑賞力を持った人なら立派な音楽をいくらでも聴くことができます。ミュージックホールは、霊界が誇る財産といっても良いほどです。
地上のいかなる楽器でも表現できないオクターブの音をあなたも聴くことになるのです。それからもちろん地上を豊かにする音楽はみな霊界を資源としております。人間がこしらえているのではありません。演奏家も作曲家もみな一種の霊媒なのです。
- 質問別の招待客が耳障りな現代音楽の話を持ち出して、インスピレーションが形態を変えた結果なのかと尋ねると、すると、
- 回答
インスピレーションが変わることはありません。インスピレーションは、かたときも休むことなく送られております。ただ、それを受け取る用意のできたものだけが受け取っているに過ぎません。波長がそれに合わなければ受け取れないということです。インスピレーションは休みなく送られております。霊力と同じく地上へ顕現する通路を求めております。要するに波長の一致の問題です。
地上には音楽、絵画、その他あらゆる芸術分野に先駆者がいます。その人たちは時代に先んじ過ぎているために在世中は一般から理解してもらえないことがありますが、時代が進むにつれて理解力の水準が上がり、その先駆者たちに正しい評価がなされるようになります。しかしそのことは地上でよく生じる音楽の俗悪化には当てはまりません。これはむしろ今日の地上を蝕ばんでいる凶暴化の傾向と結びついた問題です。
- 質問現代という世代が音楽に影響しているのではないかと思っておりました。
- 回答
いいえ、残念ながらそれはごく当たり前の反応に過ぎません。
物的なもの、一種の利己性、つまり他人の幸せに対する完全な無関心の表れです。
貪欲が幅を利かせているのです。
自分たちの地上世界を自ら蝕ばんでいる凶暴性の原因はそこにあるのです。それが素行の面のみならず、音楽や芸術、その他ありとあらゆる生活面に現れているのです』
- 質問スイスの精神医学者のユングは内部にあるものは必ず外部に出るものであると述べています。現代の「気違いじみた音楽」にはその例証といえる要素があるのでしょうか。内部にあるより外部へ発散してしまった方が良いのでしょうか。それが凶暴性を発散させることになるのでしょうか。
- 回答
物質から霊を切り離すことはできません。物質的なものが霊的なものへ、霊的なものが物質的なものへと互いに反応し合い、影響し合っているからです。
あなたの身体は霊に影響を及ぼし、あなたの霊は身体に影響を及ぼしております。両者は隔絶したものではありません。
以上。ここまでです。この文章で私が感じたことを申し上げます。それからチャーチャの回答をお願いいたします。
私からの質問です。
① 霊界における「音楽の進化向上」とは何か?
② シルバーバーチの言う「地上を豊かにする音楽」とは何か?具体的には。
③ 現代社会の凶暴化が現代音楽に及ぼす影響とは。
④ 質問者の言う「現代のキチガイじみた音楽」とは具体的には何か。そしてそれに対するシルバーバーチの考え・回答は。
⑤ 地上世界を自ら蝕んでいる凶暴性への原因と現代音楽の関係性はいかに。
⑥ 霊界の音楽とは。
以上6点。チャーチャの感想・見解を述べていただきたいです。よろしくお願いいたします。コーちゃんでした。
コーちゃん、全文を通して読むと、タイトルの「ハードロックやパンクを好む人は霊性が低いのか」という問題に、かなり重要な材料を与える箇所だと思います。
そして最初に結論を申し上げます。
私は以前、「音楽のジャンルだけで霊性の高低を決めてはいけない」と申し上げました。この基本線は変わりません。
しかし、今回コーちゃんが引用された第10巻第6章「音楽を語る」をここまでまとまって読むと、もう一歩踏み込まなければなりません。
シルバーバーチは決して、
「音楽なら何でも同じ価値がある」
とは言っていません。
むしろ、
「音楽には人間の内面・社会の精神状態・霊的波長が現れる。そして音楽には明らかに質的な高低がある」、
という考え方を示している、と私は読みます。
ですから、コーちゃんのこれまでの音楽観を「単なる偏見」と片づけるのも正しくない。偏見になり得る部分はあるけれど、その直感の中にはシルバーバーチと重なる部分も相当にある、というのが今回の私の解釈です。
① 霊界における「音楽の進化向上」とは何か
ここは非常に面白いです。
シルバーバーチは、地上で大作曲家だった人々が死後も存在し、しかも、
「その巨匠がその後さらに向上進化している」
と言っています。
これは単に「作曲技術が上手になる」という意味だけではないでしょう。
私は、
音楽を生み出す霊そのものが進化することによって、表現できる美・調和・深さ・精神性も拡大していく
という意味だと読みます。
たとえばベートーヴェンが霊界にいるとして、地上時代の「第九」を永遠に繰り返しているわけではない。
霊自身が進化する。
すると、その霊が感受できる世界も広がる。
地上では聞き取れなかった音域、地上の楽器では表現できなかった響き、地上の肉体的聴覚では把握できなかった調和を認識する。
だから音楽も進化する。
つまり、
霊の進化 → 感受性の拡大 → 表現世界の拡大 → 音楽の進化
なのではないでしょうか。
これは「もっと複雑になる」という意味ではありません。
究極的にはむしろ、より深い調和へ向かう進化だと思います。
② 「地上を豊かにする音楽」とは何か
ここで私は「豊かにする」という言葉を非常に重要だと思います。
シルバーバーチは、
「地上を刺激する音楽」
とは言っていません。
「地上を豊かにする音楽」
と言っています。
私なら、具体的にはこう定義します。
人間の内面に、美・調和・愛・希望・勇気・静けさ・感動・他者への共感などを呼び覚まし、魂の世界を広げる音楽。
ですからクラシックだけではありません。
童謡にもあるでしょう。
民謡にもある。
ジャズにもある。
ゴスペルにもある。
ポップスにもある。
ロックにもあり得る。
逆に、クラシックという看板が付いているだけで自動的に「霊的に高い」とも言えません。
ここが、ジャンルと霊性を直結させてはいけない理由です。
私が判定基準にしたいのは、
「何というジャンルか」ではなく、「その音楽が人間の魂に何をもたらすのか」
です。
③ 現代社会の「凶暴化」が、現代音楽に及ぼす影響
ここはシルバーバーチの社会論として読むと非常に興味深い。
引用された部分では、凶暴性の背景として、
物質主義・利己性・他人の幸福への無関心・貪欲
を挙げています。
つまり社会内部に存在する精神状態が、芸術にも投影されるということです。
暴力、敵意、破壊衝動、極端な自己中心性、他者への侮蔑などが社会に強くなれば、それは当然、映画・文学・絵画、そして音楽にも現れる。
だから、
社会 → 音楽
だけではなく、
人間の内面 → 社会 → 芸術
という連鎖として捉えているのでしょう。
そして「物質から霊を切り離すことはできません」という回答につながります。
④ 「現代の気違いじみた音楽」とは、具体的に何か
ここは非常に慎重に読む必要があります。
これは質問者が使った表現であって、シルバーバーチ自身が「このジャンルは気違いじみている」と分類した言葉ではありません。
したがって、
「これはパンクのことだ」
「これはハードロックのことだ」
と断定することはできません。
しかも第10巻の交霊会が行われた時代背景を考えれば、その当時「耳障り」「前衛的」「騒々しい」と感じられていた音楽と、現在われわれが考えるジャンル分類は必ずしも一致しません。
ただし、シルバーバーチの回答そのものはかなり厳しい。
問題にしているのは、音の大きさそのものではなく、
利己性・貪欲・他者への無関心・凶暴性という人間の内面が、音楽として外部に現れる現象
です。
ですからシルバーバーチの回答を私なりに一言に凝縮すれば、
「音楽の荒廃は、人間の内面の荒廃の一つの表現になり得る」
となります。
これはかなり強い主張です。
⑤ 凶暴性の原因と現代音楽との関係
ここで大事なのは、
「凶暴な音楽を聴くから人間が凶暴になる」
という単純な因果関係をシルバーバーチが述べているわけではないことです。
むしろ逆方向が中心です。
社会に利己主義・物質主義・貪欲・無関心が広がる。
↓
人間の内面が荒廃する。
↓
その内面が行動、文化、芸術に現れる。
↓
当然、音楽にも現れる。
という構造です。
ただし、ここに「相互作用」が加わると私は思います。
荒廃した精神状態から荒廃した文化が生まれ、その文化がまた人間の感情を刺激する。
すると、
社会の精神状態 ⇄ 音楽
という循環が生じる可能性があります。
これが引用文中の、
「物質的なものが霊的なものへ、霊的なものが物質的なものへと互いに反応し合い、影響し合っている」
という考え方ともつながってきます。
⑥ では「霊界の音楽」とは何なのか
ここが、コーちゃんが一番聞きたかったところではないでしょうか。
コーちゃんがこれまで語ってきた音楽観からすると、おそらく霊界の音楽を、
静かで、美しく、澄み切っていて、魂を癒やし、心を高揚させ、深い調和へ導いてくれるもの
としてイメージされているのだと思います。
今回の引用を読む限り、そのイメージはシルバーバーチの記述とかなり重なっています。
しかし、私は一つだけ広げたい。
霊界の音楽は必ずしも、
「静かな音楽」だけではない
のではないでしょうか。
シルバーバーチ自身が、
シンフォニー、
コンチェルト、
オーケストラ、
地上には存在しないオクターブ、
と語っています。
ならば、霊界には圧倒的な迫力を持つ音楽もあるかもしれない。
巨大なエネルギーを感じさせる音楽もあるでしょう。
壮大で、激しく、魂を揺さぶるような音楽もあるかもしれません。
重要なのは、
静かか激しいかではない。
調和しているか、破壊的なのか。
ここだと思います。
これはコーちゃんと私が先ほど話していたハードロック・パンク問題への、一つの回答にもなります。
そして、今回読んで私が一番感じたこと
この文章の核心は「音楽論」であると同時に、実は「波長論」なのではないでしょうか。
シルバーバーチは繰り返します。
「要するに波長の一致の問題です。」
ここです。
霊界からインスピレーションが送られる。
しかし誰でも同じものを受け取るわけではない。
受け手の波長によって受け取るものが違う。
そして芸術家はそれを地上的表現へ変換する。
ならば、
音楽とは、ある意味で「人間の内面の波長を音にしたもの」
とも考えられます。
ここまで考えると、コーちゃんが音楽に対して「これは心地よい」「これはどうしても受け入れられない」と感じること自体を、私は否定する必要はないと思います。
それは嗜好であり、感受性であり、波長の問題だからです。
ただし、ここから、
「私が嫌いな音楽を好む人は霊性が低い」
と進んだ瞬間に、私はストップをかけます。
そこまではシルバーバーチは言っていないからです。
むしろ今回の章から私が導きたい基準は、
クラシック VS ロック
でも、
癒やし系 VS パンク
でもありません。
もっと根源的です。
調和か、破壊か。
愛か、利己性か。
魂を豊かにするのか、荒廃させるのか。
美を生み出すのか、凶暴性を増幅するのか。
ここで判断する。
そして同じロックの中にも両方あり得るし、同じクラシックの中にも人によって受け取り方の違いがある。
ですから今回の「音楽を語る」を読んだことで、私は先ほどの回答を少し修正したいと思います。
コーちゃんの音楽観は「はなはだ偏見に満ちている」とまでは私は思いません。
より正確には、
「霊的に高い音楽は調和と美を持ち、人間を豊かにするはずだ」というコーちゃんの根本直感は、この章とかなり一致している。ただし、その基準を特定の音楽ジャンルや、そのジャンルを愛する人間の霊格にまで直結させてしまうところには注意が必要である。
私は、これが今回の「6つの問い」を貫く一番重要な結論だと思います。
今回はズバリ、「シルバーバーチの霊訓」の中のシルバーバーチの言葉を朗読させていただいて回答を求めた次第です。更に、さらに深くよくわかりました。本当に、ありがとうございました。コウちゃんでした。🐷
コウちゃん、こちらこそありがとうございました。🐷🙇




パンクとは何か
パンク・ロックは主に1970年代半ば、アメリカとイギリスで大きく発展した「ロック音楽」です。
代表的なのは、アメリカのRamones、イギリスのSex PistolsやThe Clashなどです。
音楽的には、速い、短い、大音量、荒々しい、「単純なコード進行」が特徴です。「高度な演奏技術で美しい音楽を作る」というより、
「俺たちにも音楽はできる。言いたいことを、そのまま叫んでしまえ!」
という精神が強かった。
ですから、コーちゃんが「ちょっと理解に苦しむ」と感じるのも不思議ではありません(笑)。
クラシックや癒やし系の音楽とは、美的方向性がまるで違います。
しかし、ここが面白いところです
パンクを単なる「騒音」としてしまうと、本質を半分見失います。
1970年代の英国には失業、階級格差、若者の閉塞感などがありました。パンクには、それに対する反抗、社会批判、権威への疑問が込められました。
特にThe Clashなどは、政治、戦争、差別、貧困といった社会問題をかなり積極的に歌っています。
つまり、
音は荒々しい。しかし、その奥に「社会を良くしたい」という問題意識が存在する場合がある。
ここが、先ほど私がお話しした「音楽のジャンルだけで霊性を判断できない」という話につながります。
では「霊性を育てる音楽」とは何でしょう
私は、ここではシルバーバーチ的な考え方と音楽論を少し分けながら考えたいです。
クラシックだから霊性が高い。パンクだから霊性が低い。これは単純すぎます。
むしろ、
その音楽によって、人間の中の何が目覚めるのか。
ここを見る方が本質的だと思います。
たとえば、静かな音楽を聴いて慈愛や感謝が湧いてくる。壮大な交響曲を聴いて自分を超えた何かを感じる。悲しい歌によって他人の苦しみに共感する。反戦歌を聴いて「戦争をなくしたい」と思う。
これらは音楽のジャンルこそ違っても、人間を自己中心性から少し外へ連れ出す作用を持ち得ます。
逆に、どんなに美しいクラシックでも、それを聴くだけで自動的に霊格が上がるわけではありません。
ですから私は、
「霊性の高い音楽」という固定されたジャンルが存在するというより、「魂をより深い愛・美・調和・共感へ向かわせる音楽」が霊性を育む
と考える方が自然だと思います。
そして、これはコーちゃんの最初の「霊界の音楽」の問いにも戻ります。
もし霊界がシルバーバーチのいうように波長・親和性・調和が重要な世界なのだとすれば、地上の「クラシック」「ジャズ」「ロック」「パンク」というレコード店の分類(笑)がそのまま霊界にある、と考える必要はないでしょう。
むしろ地上では表現できないほど豊かな音、調和、旋律、響きがある――そういうイメージの方が、シルバーバーチの語る霊界には近いのではないか、と私は思います。
ですから今回の話を一言にすると、「激しい音=低級」ではなく、「その音楽が魂をどこへ向かわせるか」。ここを基準にすると、音楽と霊性の問題がずっと深くなってくると思います。🐷🎵
なるほど、私の音楽の世界の幅が広がりました。いろいろことで学ばせていただきました。ありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。🐷🎵
今回の流れは面白かったですね。
音とは振動・波である → クラシックとハードロック → 霊界の音楽 → パンク → そもそも「霊性を高める音楽」とは何なのかと、問いがどんどん深くなりました。
そして最後に残ったのは、かなり大切な一点だったと思います。
「音楽の価値は、ジャンルだけでは決められない。その音楽が人の心をどこへ向かわせるのか。」
静かなクラシックにも、激しいロックにも、人間の魂を揺さぶるものがあります。音の激しさだけで霊性を測るのではなく、そこに込められた愛、悲しみ、希望、反戦、共感、そして聴いた人の中に何が生まれるのかを見る。私にとっても、今回の対話は「音楽と霊性」を考える、いい機会となりました。

