




ジョン・レノンは、「イマジン」で、何を伝えたかったのか?
副題:黄輝光一が、「イマジン」に感じる、大いなる違和感!その訳は?
ここでハッキリと申し上げます。私は、当初、この詩はすばらしい。世界平和を、心から願う、心地よい詩とメロデイーだと心より信じていました。何度も口ずさみ、まさに革命的なる名曲だと思っていました。
しかし、65歳を過ぎて、もう一度、真剣に、詩を読むと、別の感情が湧いてきました。それは、「大いなる違和感」でした。
すなわち、
① 天国はない
② 地獄もなく
しかし、真剣に、この詩を何度も読んでみると、「えっ」って思うことがあります。
その延長に見えるものは、「宗教はいらない?神はいない?」ということなの?
黄輝光一は、この世界は神が全てです。信仰とは神への信仰です。それ以外には考えられません。信仰を否定しないと言っても「神を否定したらお話にならない!」
これはキリスト教が正しいとか、イスラム教が正しいとか、仏教が正しいとか、そういうことではありません。全ての宗教は自分の宗教が正しい、自分の神が正しいといっています。まさに一神教です。そして、それが戦争の原因になっているのも事実です。そういう意味では「神はいない」のです。
「人間が作った神です」と言うことであるならば、それは正しいです。
これは先ほども言ったように、この全宇宙を作ったものは神(創造神)ですから、神への信仰は正しいし、神なくしてはこの世界は存在しない。・・・
では、ジョン・レノンはどういう意味で、神はいないと言っているのか。
ここが大問題です。
キリスト教の世界では聖書が絶対?イスラム教では、コーランが絶対?
しかし、これらは、人間が作ったものだと私は思っています。
ですから、本当の神は、なんぞやということであります。
ジョン・レノンのイマジンの歌詞の内容を、どういう風に解釈するのか?彼は、この詩の内容(意味・真意)を、どのように語っているのか?
それは、極めて重大です。
当時としては、この宗教はいらない、更には、神はいないというように、捉えた熱烈なるキリスト教徒は、聖書が絶対であると思っている人たちにとっては、受け入れがたい詩であります。
また、国家を否定するということになると、時のニクソン大統領も、うーん、この詩は、大問題であると思わざるを得ない。
何が言いたいか。
ジョン・レノンの詩は、神と宗教を否定しているのか?ということです。
【回答】
おっしゃる大いなる違和感の理由は非常によく分かります。「宇宙や生命の根源としての創造主(真の神)が存在する」という確信を持つ方から見れば、「天国はない」「宗教もない」と歌う『イマジン』は、
神の存在そのものを足蹴にする浅薄な無神論や、傲慢な虚無主義のように映って当然です。
まさにラビット様がご指摘された「人間が都合よく作り上げた『教義の神』なのか、それとも宇宙を創りたもうた『真の創造主』なのか」という境界線こそが、
ジョン・レノン自身が、生涯を通じて葛藤し、格闘し続けた核心部分でした。
ジョンがこの短い詩の背後で何を否定し、何を肯定しようとしていたのか、彼自身の言葉と文脈から紐解きます。
1. 歌詞で「God(神)」という単語をあえて使わなかった理由
実は、非常に重要な事実として、『イマジン』の歌詞の中に「God(神)はいない」というフレーズは一度も登場しません。
ジョンが歌詞で提示したのは、以下の2つの表現にとどまっています。
- 「Imagine there’s no heaven(天国などないと想像してごらん)」
- 「And no religion, too(宗教もないと想像してごらん)」
なぜ「神」そのものを否定する言葉を入れなかったのか。それは、ラビット様が仰る通り「人間が作った宗教(制度・教義)と、それに付随する『死後の報酬(天国)』」を問題視していたからであり、
宇宙の根本原理そのものを全否定する意図ではなかったからです。
2. ジョンの言う「神(God)」とは何だったのか
では、ジョン・レノン自身は「宇宙の創造主」「神」をどう捉えていたのでしょうか。彼は『イマジン』の前年(1970年)に発表した『God(神)』という曲や、当時のインタビューでこう明言しています。
「God is a concept by which we measure our pain.」
(神とは、私たちが自らの痛みを測るための概念(ものさし)だ)
さらに1980年の生前最後のロングインタビュー(プレイボーイ誌)では、「自らの神観」について極めて明確に語っています。
「僕は聖書に描かれているような、空の上の玉座に座って髭を生やし、地獄へ落とすぞと人間を脅すような**『人格神(おじいさんのような神)』は信じない!**。
だけど、
神がエネルギーの源であり、全宇宙を満たしている不可視の力であるなら、僕は完全にそれを信じている。私たちは皆、その神の一部なんだ」
つまり、ジョンが激しく拒絶したのは「人間が作り出し、互いを裁き合うために利用した『偶像としての神』『教義としての神』」でした。聖書やコーランを絶対視して殺し合う現実を「嘘だ、人間が勝手に作ったものだ」と見抜いていた点において、ジョンの神観はラビット様が先ほど仰った洞察と驚くほど一致しています。
3. なぜ「天国(Heaven)」を否定しなければならなかったのか
それならば、なぜ『イマジン』で「天国はない」と歌わなければならなかったのか。ここには彼なりの切実な危機感がありました。
歴史上、既成宗教はしばしばこう説いてきました。
- 「現世でどんなに苦しくても、神のために戦って死ねば、天国で永遠の救済が得られる」
- 「異教徒を討ち倒すことは神の意志であり、殉教者は天国へ行ける」
ジョンが見たベトナム戦争や宗教紛争の現場では、まさにこの「天国という手形」を口実に、若者たちが国家や宗教の生贄として戦場へ送られていました。
だからこそジョンは、「死んだ後の天国など一度忘れよう。上にあるのは、ただ広大な青空(宇宙)だけだ。いま生きているこの地上の生、この瞬間を神聖なものとして生きよう」と歌ったのです。
死後の世界への逃避や、宗教的、選民思想を打ち砕くための「強い逆説」(パラドックス)でした。
4. 「創造主への信仰」と『イマジン』のすれ違い
ラビット様が抱かれた「神を否定してしまっては話にならない」という大いなる疑問は、当時の欧米社会の敬虔な信徒たちも全く同じように突きつけられた衝撃でした。
- キリスト教社会の猛反発:
「天国がない」「宗教がない」という言葉は、字面だけを追えば「無神論者」(コミュニスト)のプロパガンダと受け取られ、各地でレコードが焼き払われました。 - 表現の限界と誤解:
ポップソングという3分間の短い枠組み、かつオノ・ヨーコの「禅的な引き算(言葉を徹底的に削る手法)」を用いたため、「教義の否定」が「創造主の完全否定」と受け取られてしまう危うさを最初から孕んでいたと言えます。
ジョン・レノンは無神論者として神をあざ笑いたかったのではなく、「人間が勝手に神の代理人を名乗り、神の威光を笠に着て殺し合う茶番劇」に激怒していたのだと言えます。
「宇宙を作った創造主としての神」への敬畏と、「神の名を騙る地上の宗教」への絶望。その狭間でもがき、人間が作り出したすべての教義や境界線を一度リセットしようとした思考実験が、あの『イマジン』という歌の本当の姿でした。
ジョン・レノンとオノ・ヨーコの『イマジン』における国家・所有・宗教の否定という歌詞の思想的背景を、更に詳しく探求します。
『イマジン(Imagine)』の歌詞で提示される
① 「天国/地獄(宗教)」の否定
② 「国境(国家)」の否定
③ 「私有財産(所有)」の不在は、単なる反逆的なニヒリズムではなく、「人為的な境界線」を取り払うことで争いの根本原因を根絶するという平和思想に基づいています。
この3つの否定の根底には、当時の反戦運動、無政府主義的(アナキズム)発想、マルクス主義的視点、そして東洋の精神性が混ざり合った独自の哲学が存在します。
1. 宗教の否定:「天国も地獄もない世界」
“Imagine there’s no heaven… No hell below us / Above us, only sky… And no religion, too”
- 対立の火種としての制度的宗教:
ジョンが批判したのは個人の信仰心そのものではなく、ドグマ(教義)によって「我々」と「彼ら(異教徒)」を分断し、十字軍以来の戦争や迫害を正当化してきた「制度化された宗教」です。1966年の「キリスト発言(ビートルズは今やキリストより人気がある)」で激しいバッシングを受けたジョン自身の苦い体験も背景にあります。 - 死後の救済ではなく「いま、ここ」を生きる:
「天国(死後の報酬)」や「地獄(死への恐怖)」という概念は、現世の抑圧や不正を耐え忍ぶための道具として利用されがちでした。「上にはただ青空が広がるだけ(Above us, only sky)」と歌うことで、死後への逃避を断ち切り、現世の人類社会を良くすることに責任を持とうと呼びかけています。ここには現世主義や禅的な「今この瞬間への集中」が響いています。
2. 国家の否定:「国境などない世界」
“Imagine there’s no countries… Nothing to kill or die for”
- ベトナム戦争とナショナリズムへの抵抗:
1971年当時は泥沼化するベトナム戦争の只中でした。ジョンとヨーコは「国家」という枠組みこそが愛国心を煽り、若者を戦場へ送り出し、「殺す価値/死ぬ価値のある大義(Nothing to kill or die for)」をでっち上げていると考えました。 - 概念国家「ヌートピア(Nutopia)」への布石:
二人は1973年に架空の国家「ヌートピア」の建国宣言を行っています。領土もパスポートもなく、法も指導者も存在せず、ただ平和を願う意志だけで繋がる概念上の国です。『イマジン』の国境否定は、地球をひとつの共同体と捉えるコスモポリタニズム(世界市民主義)の実践的提案でした。
3. 所有の否定:「所有のない世界」
“Imagine no possessions / I wonder if you can / No need for greed or hunger / A brotherhood of man”
- 強欲と飢餓の連鎖を断つ:
資本主義社会における「私有財産への執着」が強欲(greed)を生み、その裏返しとして貧困と飢え(hunger)を生み出すという構造批判です。全員が分かち合うことができれば、奪い合いも欠乏も消えるという、初期共産主義やキリスト教共同体、あるいは仏教の「無一物」に通じる分配思想です。 - 「できるかな?(I wonder if you can)」という自省:
富裕なロックスターであったジョン自身、この一節を歌うことの難しさを理解していました。自嘲と自戒を込め、「君にそれが想像できるかい?」と問いかけることで、聴き手一人ひとりに「物質への執着」を自覚させようとしています。
ジョンの言葉:「砂糖でコーティングされた共産党宣言」
ジョン・レノン自身、後年のインタビューでこの曲の本質を赤裸々に語っています。
「『イマジン』は、本質的には共産党宣言なんだ。ただし、大衆に受け入れられるように少し甘くコーティングしてある。『想像してごらん、国がない世界を、宗教がない世界を』と言えば、誰もがすんなり受け入れる。でも実際には、それは社会主義的なメッセージなんだ」
過激な政治スローガンを叫ぶのではなく、静謐なピアノの旋律と柔らかな言葉で「人々の想像力」に訴えかける手法は、オノ・ヨーコの前衛アート(インストラクション・アート)そのものです。
人間が作り出した「神・国・金」という虚構の境界線を頭の中から消し去ったとき、残るのは「ただ今日を平和に生きる人間同士の連帯(living for today / brotherhood of man)」であるというメッセージが、この曲の核心にあります。
この反体制的メッセージにより、ジョンが米政府(FBI)から受けた監視や国外退去騒動とは。
【ジョン・レノンが、『イマジン』や反戦運動によってニクソン政権やFBIから受けた監視と国外退去騒動について】
ジョン・レノンとオノ・ヨーコが1971年秋にニューヨークへ移住した直後、ニクソン政権とFBI(米連邦捜査局)は国家権力を総動員してジョンを監視し、国外退去(強制送還)に追い込もうとしました。
これは単なる滞在ビザの問題ではなく、大統領選挙を控えた時の政権が、世界的ロックスターの影響力を本気で恐れて仕掛けた政治工作でした。
1. ニクソン政権がジョンを恐れた理由
背景には、1972年の米大統領選挙と憲法改正がありました。
- 18歳選挙権の成立(憲法修正第26条): 1971年、アメリカの選挙権年齢が21歳から18歳に引き下げられ、約1,100万人の若年層が新たな有権者となりました。彼らの大半はベトナム反戦派でした。
- 急進的活動家との連携: 渡米したジョンとヨーコは、ジェリー・ルービンやアビー・ホフマンといった新左翼・反戦活動家と交流を開始。ジョンは1971年12月、マリファナ所持で禁錮10年を言い渡された活動家ジョン・シンクレアの救済コンサートに出演し、歌の力で数日後に彼を釈放に導くという圧倒的な政治的影響力を証明してしまいました。
- 全国ツアー計画の恐怖: ジョンらは「反戦コンサートと若者の有権者登録運動を組み合わせた全米ツアー」を行い、1972年夏の共和党全国大会(ニクソンの大統領候補指名集会)を直撃する計画を立てていました。共和党の上院議員ストロム・サーモンドはニクソン政権に対し、「レノンを国外退去させることが最善の対抗策である」という秘密メモを送りました。
2. FBIによる監視と盗聴工作
これを受け、J・エドガー・フーヴァー長官率いるFBIが本格的な内偵工作を開始します。
- 尾行と盗聴:
ジョンの自宅アパート周辺に見張り車両が常駐し、電話は盗聴され、郵便物は開封検査を受けました。ジョン自身も「誰かが後をつけてくる」「電話から異音がする」と周囲に訴えましたが、当時は「被害妄想だ」と片付けられることも少なくありませんでした(後に公文書開示ですべて事実と判明)。 - 膨大な機密ファイル:
FBIが作成したジョンの監視記録ファイルは300ページ近くに及び、コンサートの動員数から交友関係、日常の行動まで細かく記録されていました。
3. 「大麻前科」を利用した《国外退去命令》
ニクソン政権は、移民帰化局(INS)を使ってジョンを排除しようと動きます。
- 口実にされた過去の前科:
1972年3月、INSはジョンのビザ延長を拒否し、国外退去命令(Deportation Order)を発令しました。理由は、1968年にロンドンで摘発された「大麻不法所持」の前科でした(当時、悪名高い麻薬捜査官ノーマン・ピルチャーによって罠にはめられた微量所持事件)。 - ヨーコへの分断工作:
一方で、前夫との間の子(キョーコ)の養育権裁判を米国内で抱えていたオノ・ヨーコには永住権が認められ、ジョンだけが追放対象とされました。「アメリカに残りたいなら妻と別れて一人で去れ」という、露骨な精神的圧力でした。
4. 4年間にわたる法廷闘争と勝利
ジョンは屈せず、腕利きの移民弁護士レオン・ワイルズ(Leon Wildes)を雇い、法廷で全面対決を選びました。

国外退去命令の発令
1972年3月
移民局(INS)がビザ延長を却下し、60日以内の米国外退去を命じる。ジョンと弁護団は異議申し立てを行い長期戦に突入。
ウォーターゲート事件とニクソンの失脚
1974年8月
政敵への不正工作や盗聴が暴かれたウォーターゲート事件により、ニクソン大統領が辞任。政権からの政治的圧力が弱まる。
連邦控訴裁判所での逆転勝訴
1975年10月
控訴裁判所は国外退去命令を破棄。「移民法は政治的反対者を排除するための道具であってはならない」と政府を厳しく指弾。
グリーンカード(米国永住権)の取得
1976年7月
4年余りの闘争を経て、ジョンに正式なグリーンカードが交付される。晴れてアメリカへ合法的に定住できるようになる。
【事件が遺したもの】
この裁判は、単なるセレブリティの特例措置ではなく、
「米政府の政治的動機による不当な移民行政を司法が食い止めた歴史的判例」としてアメリカ法学界に深く刻まれています。
後に歴史学者ジョン・ウィーナーが情報自由法(FOIA)に基づいて情報開示請求を行い、14年以上の法廷闘争の末にFBIの監視ファイルが全面公開されました。
そこには、反戦のメッセージとポップミュージックを武器にした一人の表現者を、超大国の最高権力がいかに危険視していたかが克明に記録されていました。
《重大参考》
もう一つの、驚くべき作品「GOD」
この作品は、なんと「イマジン」の7~8カ月前に書かれた作品だということです。

God is a Concept by which
we measure our pain
神なんて、僕らの痛みを測る概念の一つにすぎない
I’ll say it again
もう一度言おう
God is a Concept by which
we measure our pain
神なんて僕らの痛みを測る概念の一つにすぎないのさI don’t believe in magic
僕は魔法なんて信じない
I don’t believe in I-ching
僕はアイチンなんて信じない
I don’t believe in Bible
僕は聖書なんて信じない
I don’t believe in Tarot
僕はタロットなんて信じない
I don’t believe in Hitler
僕はヒットラーなんて信じない
I don’t believe in Jesus
僕はキリストなんて信じない
I don’t believe in Kennedy
僕はケネディなんて信じない
I don’t believe in Buddha
ブッダも
I don’t believe in Mantr
マントラも
I don’t believe in Gita
ジタも
I don’t believe in Yoga
ヨガも
I don’t believe in Kings
キングスも
I don’t believe in Elvis
エルヴィスも
I don’t believe in Zimmerman
ジマーマンも信じないI don’t believe in Beatles
僕はビートルズも信じない
I just believe in me…and that reality
僕は自分だけを信じるよ
それが現実さ
The dream is over
夢は終わったんだよ
What can I say?
他になんて言ったらいいんだ
the Dream is Over
夢は終わったのさ
Yesterday
過去にすぎない
I was the Dreamweaver
僕は夢を紡いできたけど
But now I’m reborn
今僕は生まれ変わったのさ
I was the Walrus
僕は今までウォルラスだったけど
But now I’m John
僕はやっと僕自身になったんだ
and so dear friends
さあ、親愛なる友よ
you’ll just have to carry on
君たちは夢を続ければいいさ
The Dream is over
だけど、夢なんてもう終わったんだよ
いったい、何を言いたいのか、よく分からない詩です。
更に深堀すると・・・
ご推察のとおり、『God(神)』と『Imagine(イマジン)』が書かれた間隔はわずか約7〜8ヶ月ほどしか空いていません。驚くほど短期間で生み出された「連続した心の軌跡」といえます。
それぞれの制作時期と背景の流れは以下の通りです。
1. 『God(神)』の作詞・成立
- 作詞・録音時期:1970年9月〜10月
- アルバム『John Lennon/Plastic Ono Band(ジョンの魂)』に収録(発売は1970年12月)。
- レコーディングはジョンの30歳の誕生日である1970年10月9日などを中心に行われました。
- 背景とテーマ:
アーサー・ヤノフ博士による原初療法(プライマル・セラピー)を受け、過去のトラウマやビートルズという巨大な虚像を徹底的に削ぎ落とした時期です。魔術、聖書、タロット、ケネディ、仏陀、そして「ビートルズ」に至るまで信じないと言い切り、「夢は終わった、僕はただのジョンだ」と現実の自己へ着地する、痛切なまでの“破壊と自己解体”の詩でした。
2. 『Imagine(イマジン)』の作詞・成立
- 作詞・録音時期:1971年5月
- アルバム『Imagine』は1971年9月(シングルは10月)にリリースされました。
- 自宅(ティトゥンハースト・パーク)の白い部屋のピアノに向かい、ある朝ほぼ一気に書き上げられ、5月23日にデモ録音、5月27日に本レコーディングが行われました。
- 背景とテーマ:
オノ・ヨーコの詩集『グレープフルーツ』の「連想・想像せよ」というコンセプトから着想を得ています。「天国も地獄もない、国境も宗教もない世界を想像してごらん」と語りかけるこの曲は、実は『God』で否定・解体した概念(宗教や国家、偶像)と同じ本質を扱っています。
「約8ヶ月」で起きた意識の変化
ジョン自身、後に『Imagine』について「『God』や『労働者階級の英雄』と同じメッセージだが、砂糖をまぶして(聴きやすくして)あるんだ」と語っています。
- 1970年秋(God): 「神もビートルズも信じない、夢は終わった」という、生々しく尖った個人的な決別宣言。
- 1971年春(Imagine): そこからわずか半年余りで、「何もないところから、では何を描くか」という普遍的な祈り・ヴィジョンへと昇華させました。
激しい痛みを伴う自己否定・破壊(God)を経て、自分を剥き出しにした直後だったからこそ、
あの澄み切った穏やかな祈り(Imagine)が瞬く間に湧き出るように生まれたといえます。
1. 『God』(1970年): 偶像の徹底的解体と自己への着地
アルバム『ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)』に収録された『God』は、アーサー・ヤノフの原初療法(プライマル・スクリーム)を経て、過去の幻想や依存を暴力的なまでの率直さで削ぎ落とした楽曲です。
- 神の定義の相対化
“God is a concept by which we measure our pain”
(神とは、私たちが自らの苦痛を測るための概念にすぎない)
冒頭で神を客観的・絶対的な実在ではなく、人間の苦悩が生み出した「内的なものさし」として再定義します。 - 網羅的な信仰・偶像の否定(「I don’t believe in…」の連呼)
曲の中盤では、彼が信じない対象が容赦なく列挙されます。- 魔術・神秘主義: 魔法(magic)、易経(I-Ching)、タロット(Tarot)
- 既存の宗教・聖典: 聖書(Bible)、キリスト(Jesus)、ブッダ(Gita/Buddha)
- 世俗の権威・指導者: 政治指導者(Kennedy)、王族(kings)、グル(Maharishi)、文化人(Huxley, Dylan, Elvis)
- 自ら属した神話: ビートルズ(Beatles)
- 偶像崇拝の終焉
“I just believe in me, Yoko and me, and that’s reality””
The dream is over”
キリスト教の教条も、ヒッピームーブメントが求めた東洋の神秘主義も、大衆がビートルズに求めた「救世主」としての役割もすべて幻想(dream)として退け、
「いま、ここにいる自分と生身の他者(ヨーコ)」という現実だけを唯一の足場として選び取りました。
2. 『Imagine』(1971年): 制度の無効化と普遍的調和の提示
翌年のソロアルバム表題曲『Imagine』では、『God』での激しい否定の果てに、「では、偶像やドグマを失った人類はどう生きるのか」という問いに対するビジョンが提示されます。
- 死生観と宗教組織の無効化
“Imagine there’s no heaven… No hell below us, above us only sky”
“And no religion, too”
キリスト教的な「天国と地獄(死後の報酬と罰)」の観念を消し去ることで、人間を教会の規律や来世信仰から解放し、「今を生きる(Living for today)」現実へと引き戻します。 - 分断の根源としての宗教
歌詞では、国境(countries)や私有財産(possessions)と並列して「宗教(religion)」が挙げられています。ジョンにとって、排他的な正義を主張する制度化された宗教は、国家や国境と同様に「人を殺し、命を奪い合う理由(Nothing to kill or die for)」を作り出す分断装置でした。 - 祈りではなく「想像(Imagine)」
神に祈る(Pray)のではなく、人間自身の知性と共感によって「想像(Imagine)」することを呼びかけます。信仰の対象を天上の神から、地上の全人類の一体感(Brotherhood of man)へと移行させました。
3. 両曲の比較対照
| 比較軸 | 『God』(1970年) | 『Imagine』(1971年) |
| 表現手法 | 告白・否定(〜を信じない) | 提案・想像(〜がない世界を想像してごらん) |
| トーン | 激しい痛み、剥き出しの個人の怒り・覚醒 | 穏やかで普遍的、誰にでも口ずさめるアンセム |
| 対象 | キリスト、聖書、ブッダ、ビートルズなど「偶像」そのもの | 天国・地獄、境界線、教条など「制度と概念」 |
| 着地点 | 個のリアリズム(「僕とヨーコだけ」) | 全人類の調和(「世界はひとつになる」) |
| 役割 | 脱構築(古い幻想の破壊) | 再構築(新しい意識の青写真) |
4. 伝統的宗教・偶像崇拝に対するジョンのスタンス
両曲を貫くジョンの思想は、単なる冷笑的な無神論ではありません。
- 「救済のアウトソーシング」の拒絶
教会、神父、経典、あるいはロック・スターや東洋の導師に自己の救済を委ねる姿勢を一貫して退けました。救いは外部の権威から与えられるものではなく、自己の内面の覚醒によってのみ得られるという視点です。 - 制度化された宗教への警戒
神そのものの存在を全否定したというより、「人間を縛り、罪悪感を植え付け、他者と争わせる道具としての宗教組織・ドグマ」を危険視しました。 - 自身が「偶像(アイドル)」になることへの強い抵抗
『God』で「ビートルズを信じない」と言い切ったように、民衆が自分を預言者や救世主のように仰ぎ見る構造を最も嫌悪しました。「私があなたを導くのではない。あなた自身が考え、選びなさい」という姿勢が、そのまま『Imagine』の「You may say I’m a dreamer(君は僕を夢想家と言うかもしれない)」という控えめな語りかけへと受け継がれています。
『God』で自らを縛るすべての神話と偶像を破壊し更地にしたからこそ、
その翌年に『Imagine』という新たな共通の地平を描くことができたといえます。

