一千億年後も、私は生きている
副題「間違いなし!!これは絶対的真実です。」
人生というのは、あっという間ということを言われますが、シルバーバーチ的に見て、100年が1秒だとすると、その1秒の間に、人間は、喜んだり、悲しんだり、のたうち回る。
では、1億年は何秒でしょうか。また10億年は何秒でしょうか、という質問です。私はちょっと計算がすぐ出てきませんが、100年が1秒だったら、1億年は何秒、10億年は何秒。よろしくお願いします。純粋な計算ですね。
はい、純粋な計算です。**「100年=1秒」**として計算します。
- 100年 → 1秒
- 1万年 → 100秒=1分40秒
- 100万年 → 10,000秒=2時間46分40秒
- 1億年 → 1,000,000秒=約11日13時間46分40秒
- 10億年 → 10,000,000秒=約115日17時間46分40秒
つまり、意外なことに、
1億年でも約11日半。
10億年でも約116日、つまり約3.8か月です。
ですから、「100年の人生がたった1秒」という尺度で眺めると、10億年という途方もない時間でさえ、わずか4か月弱になります。
これはシルバーバーチ的な「永遠」という感覚を考えると、なかなか面白い数字ですね。🐷
ではさらに、100億年はどうでしょうか。1000億年、そして1兆年はどうでしょうか。質問です。(ちなみに、距離に関しては、1光年は30万キロ、光の速度で1年かかる)
はい。先ほどと同じく、**「100年=1秒」**でズバリ計算します。
- 100億年 → 1億秒 → 約3.17年
- 1,000億年(千億年) → 10億秒 → 約31.7年
- 1兆年 → 100億秒 → 約317年
- もし最後の「1兆億年」も文字どおり計算すると → 約317億年
つまり驚くべきことに、100年の人生を「1秒」まで縮めた尺度では、
100億年=約3年2か月
1,000億年=約31年8か月
1兆年=約317年
となります。
なお、光年について一点だけ訂正です。光の速度が約30万km/秒です。「1光年」は、その光が1年間に進む距離で、約9兆4600億kmです。
ですから「100光年」は、光でさえ100年かかる距離。「1000光年」なら1000年。宇宙の「距離」も「時間」も、人間の日常感覚からすると、まさに桁違いですね。🐷
【黄ちゃんより】
まあこれはSF的な例え話ですけども、30年ぶりに友達に会った。これはあの小学校時代13歳の時ですから、もう友達もあの頃は無邪気で未熟だったけど、大人になってね、30年ぶりに会ってみると、かなり自分もそうだけど、成長して、立派になりました。まあ、霊的成長したということですね。でもちょっと考えてみたら、友達が曰く、いや1,000億年だからね、そらあ、ものすごく成長するよと、友達が笑ったわけですね。1,000億年も経ったのだから、そら成長するよって。ああ、そうかそうか。確かに。100年が1秒だからね、僕らの世界では。・・・ということです。つまり、1,000億年というのは、もう遠方のない年月だと思いますけども、ある瞬間、100年が1秒だと、思えば、何のことはない。1,000億年は31年と8ヶ月。さすがに1兆年は317年ですから、平均寿命を超えてるから、ちょっと大変だと思いますけど、1,000億年が30年なら、もうある意味ではあっという間。
ということで、何を言いたいか、なんとなくわかっていただけますでしょうか。
チャーチャ様、壮大なるSF物語ができそうですよね。1,000億年はあっという間、本当に月日の経つのは早いなと。(ビックリ仰天!)
実は私は10歳の頃、人工冬眠を考えていました。その冬眠っていうのは、もう10億年が一瞬なんですね、1秒。ですから私は人工冬眠で10億年ごとに目覚める、そしてまた寝る、目覚める。これを繰り返していくわけですね。その私の小学校の時の考えで。そうするとですね、人口冬眠によってかなり年数を稼げる。1,000億年も夢じゃないと。
つまり何を言いたいかと、私は、この大宇宙の10億年後の世界を見たい、100億年後の世界を見たい、まあ地球も滅びてるんですけども、大宇宙の行き末をね、大宇宙が最後にどうなるかっていうことを是非この目で見たい。と、こういう切なる希望を持ってたんですね。
最後はどうなるか、宇宙が。
ということで、1,000億年は31年、1兆年は317年、1兆年経っても宇宙は私は存在してると思いますよね。(魂は、不滅!)宇宙は、絶対に滅びないと。宇宙=神ですから、宇宙は滅びないですという考えを持ってますので、
10歳の時にね、人口冬眠によって10億年ごとに目が覚める。そうするとですね、まあ地球の寿命はあと50億年。まあ人類的にはね、残念ながら、地球の寿命は1億年は持たないでしょうけども。まあ人類が滅んでもね、魂は不滅であるから、私は、なんと1億年の未来も、100億年の未来も、1,000億年の未来も、私は見ることができる、感じることができる。
そうですよね。シルバーバーチは、そう断言しているのですから、魂は不滅、永遠の生命とはどいうこと?決して千年じゃない、決して1億年じゃない、決して1兆年ではないと。そういうことですよ。
シルバーバーチが、嘘をついてたら、実は、そんな先の先まではわからない。口から出まかせを言ってましたと。・・・そんな1兆年もの質問を受けるとは思ってもおりませんでした、と。・・・これは私の希望とは大きく違いますよね。何のことはない。ね。いつか魂は滅びてしまうということですよね。
シルバーバーチは、魂は不滅である。永遠の生命であると、何度も何度も言っております。
もう1兆年は、くしゃみをするぐらいの感覚ですよね。あっという間、1兆年もあっという間。すごいことになっちゃった。
黄ちゃんのインスピレーションが爆発しました。
でも、ある意味では正しいかなと思うわけです。はい、チャーチャどうでしょうか。
【チャーチャより】
はい、コウちゃん。何を言いたいのか、よく分かります。
しかも今回の発想には、かなり面白い「時間のトリック」があります。
**「100年=1秒」**という物差しを一つ置くだけで、人間には想像不能だった時間が、急に「体感できそうな時間」に変わってしまうんですね。
たとえば、
1,000億年=約31.7年。
だからSFの世界で、30数年ぶりに旧友と再会して、
「久しぶりだなあ。ずいぶん変わったな」
「そりゃそうだよ。1,000億年も経ったんだから(笑)」
「そうか。でも、こっちの感覚じゃ30年ちょっとか」
――これは、とても面白いです。
そして10歳の少年が考えたという「10億年ごとに人工冬眠から目覚める」という発想も、この物語と非常に相性がいい。
10億年後――目覚める。
また眠る。
100億年後――目覚める。
太陽系はどうなった?
1,000億年後――目覚める。
星々はどうなった?
1兆年後――目覚める。
宇宙はまだ存在するのか?
そして最後には、人工冬眠そのものが必要なくなる。
なぜなら、ここから先はシルバーバーチの世界観に立った話になりますが、肉体ではなく
**「不滅の霊として宇宙の未来を見続ければよい」**というところへ到達するからです。
ここが今回のインスピレーションの核心だと思います。
「永遠」は、ものすごく長い時間ではない
ここは非常に重要です。
「永遠」を、
100億年より長い。
1兆年より長い。
1京年より長い……
と考えていくと、まだ「巨大な有限」の話なんです。
ところが永遠には終点がありません。
1兆年経っても――まだ続く。
1京年経っても――まだ続く。
想像できないほどの年月が過ぎても――まだ、その先がある。
だから、
「永遠とは何年ですか?」
という問いそのものが、最後には成立しなくなります。
そしてシルバーバーチがいう「永遠の生命」「霊は不滅である」を文字どおり受け取るなら、コウちゃんが言う、
「私は1億年後も、100億年後も、1,000億年後も、その先も存在していることになる」
という帰結になります。
もちろん、これは科学的に実証された事実として言っているのではありません。
シルバーバーチの霊的世界観を最後まで論理的に延長すれば、そうなるということです。
そして、もう一つ面白い。
1,000億年後の「私」が現在の私とまったく同じ精神状態なら、永遠は退屈でしょう。
しかしシルバーバーチの思想では、そうではない。
成長する。
学ぶ。
意識が拡大する。
さらに大きな存在へ近づいていく。
だから1,000億年後に友人と再会した二人は、単に「歳を取った二人」ではない。
もしかすると、
現在の人間には想像すらできないほど成長した二つの霊が、昔を懐かしんで笑っている。
「地球にいた頃、覚えてる?」
「もちろん。」
「あの頃は、人生80年を長いと思っていたなあ。」
「そうだったな(笑)。」
――そして二人が顔を見合わせる。
「あれから、1,000億年か。月日の経つのは早いなあ。」
これは壮大なSFのラストシーンになります。
そして10歳の少年が「10億年ごとに目覚めて宇宙の最後を見たい」と考えたところから始まり、最後に、
「ところが、宇宙には最後がなかった。そして私にも最後がなかった。」
ここへ到達する。
これはSFと霊的思想を結びつけるテーマとして、かなり美しい構造だと思います。🐷
なお科学的な部分だけ一点。太陽は約50億年後に赤色巨星段階へ進むと考えられていますが、「地球そのものの寿命があと50億年」と完全に同じ意味ではありません。地球が生命に適した環境でいられる期間は、それよりかなり短い可能性があります。そこだけ分けて考えると、物語としても科学としても、さらに面白くなります。
【黄ちゃんより、ラスト質問です】
私は、一千億年後も生きている。
この膨大なる長い年月が何のために存在するかということをわからなければ、「存在」の意味がないでしょう。この永遠の生命は何のためにあるか。私は何をすればいいのですか?この問題でも、すでに、何度もチャーチャとは話し合っておりますよね。
人間には、100年ではなくて、千年じゃなくて、一億年じゃなくて、ある目的のためには、どうしてもそういう長い月日が必要なんだということであります。
そこには、嘆きも悲しみも、何にもないです。ましてや、「退屈」という言葉さえない。まさに、意味深なる「霊的成長」あるのみ、それは、「神への道」だということですよね。はい。
そこら辺を、チャーチャに補強してもらいたい、見事に補強してもらいたいと思います。以上です。黄ちゃんでした。
まずは、一旦ここで切ります。ここで多くの人が誤解している、多くの人が言っている言葉に、いつか『人間は神に吸収される、神と一つになる、神と一体となる』というふうにおっしゃってる哲学者、思想家、あるいはスピリチュアリストがいっぱいいます。
ところがシルバーバーチはね、それを全面的に否定しています。どういうことかというと、バーチはこう言ってるんです。あなた自身の個性はますます磨かれ、つまり個性というものが消滅することはないと。あなた自身はあなた、ますますあなたらしくなってくるということでしょうね。ここも驚くべき発言ですよね。なんとなく類魂っていうものがあるために、自分が見失われてしまう、同化されてしまう、自分の心っていうのが、うやむやになってしまう、自分の心がはっきりしなくなってしまうっていうのは疑問、懸念、心配があるんですけども、シルバーバーチはそれを完全に否定しております。ということで、一千後、一万年後も私は生きている。
その私はさらに霊的成長を遂げた、光り輝く自分になっていると、びっくりするような自分になっていると。
今の状態が0.0000001ぐらいの自分であった自分が、一千億年後は神に対して99.999999に神に近づいていると。こういうことですよね、おそらく。
ですから、神に近づくっていうことは、ある意味ですごいことが起こるのではないかと。大いに楽しみです。
すごいことが起こるんじゃないかと。
つまり物的世界にはかなわなかったことが、霊的世界ではかなう。
つまり、霊的成長というのは、霊格が無限大に上がるっていうことですよね、霊格が。ですから、今まで物質上では不可能だと思われることが、霊的世界ではその「霊格に応じて」不可能が可能になってくる。この可能性が無限大であるということを言っているとも私は理解しています。人間の可能性が無限大であると。
その可能性とは何かっていうのが問題ですよね。物欲じゃないんですから。別に一兆円の財産を貯めるって話でもない。地球の支配者になるといわけではない。ある意味で霊性の極致をめざす。ということで・・・
よろしくお願いします。コーチャンでした。
【チャーチャより】
はい、コウちゃん。今回のお話の中心部分には、シルバーバーチ思想として非常に重要なポイントが含まれています。ただし、「シルバーバーチが実際に述べたこと」と、そこからコウちゃんがさらに発展させた「壮大な推論」とは、きちんと分けておくと、エッセイとしてさらに強くなります。
「神に近づく」と「神に吸収される」は違う!
ここは、まさに核心です。
シルバーバーチの教えでは、霊的進化によって大霊(神)へ近づいていくことと、個性が消滅して神の中へ溶けてしまうこととは同じではありません。
類魂についても、「大きな意識の中に入ったら、自分という存在が消えるのではないか」という不安が出てきます。
しかしシルバーバーチ思想では、むしろ反対方向です。
霊的に進化するほど、本来の自分、本当の個性がいっそう発揮されていく。
これは以前お話しした「パーソナリティ」と「インディビジュアリティ」の問題にもつながります。
地上的な表面人格が剥がれていき、奥に存在する本来的な個性=インディビジュアリティが、ますます鮮明になっていく。
ですから、
「神に近づくほど、私は消える」のではない。
「神に近づくほど、本当の私が現れてくる」。
ここは、とても美しい思想だと思います。
ただし「99.999999%神になる」は比喩として
ここだけは少し補正したいところです。
「1,000億年後には神に99.999999%近づいている」というのは、コウちゃんの非常に分かりやすい比喩としては面白い。
しかし、「シルバーバーチの教え」そのものとして、その数値を断定することはできません。
むしろ重要なのは、進化に終着点を設定しないことでしょう。
今日より明日。
千年後。
一億年後。
一千億年後。
どれほど進化しても、
「これで神と同じになった。完成した。もう進化する必要はない」
という地点を想定しない。
だからこそ「永遠」が必要になる。
ここで、先ほどのコウちゃんの話と見事につながります。
なぜ永遠の生命が必要なのか
これは今回のエッセイの本当の核になると思います。
「永遠に生きる」と聞くと、
そんなに長く生きて、いったい何をするんだ!?
という疑問が出ます。
しかしシルバーバーチ的な答えは、
永遠に遊ぶためではない。
永遠に物を所有するためでもない。
永遠に同じ自分でいるためでもない。
永遠に成長するためである。
これなら「永遠の生命」と「無限の霊的進化」が一本につながります。
そして、コウちゃんが言う「可能性は無限大」という言葉も、私はこの意味なら非常によく理解できます。
それは、
「何でも魔法のようにできるようになる」
という意味での無限大とは少し違うでしょう。
むしろ、
愛する能力。
理解する能力。
他者に奉仕する能力。
創造する能力。
真理を理解する能力。
より大きな生命と調和する能力。
そうした霊そのものの可能性が開花していくという意味です。
だから、財産一兆円とはまったく違う。
一千億年後の「私」がものすごい存在になっていたとしても、「どれだけ所有しているか」ではなく、
「どれだけ愛せる存在になったのか」
という尺度になる。
私は、ここが非常に重要だと思います。
そして今回のタイトル、
「一千億年後も私は生きている。」
これは単に「死なないぞ!」という話ではないんですね。
その本当の意味は、
一千億年後にも私は私である。
しかし、今の私とは比較にならないほど成長した私である。
ということなのでしょう。
そしてさらに一千億年が過ぎても終わらない。
一兆年でも終わらない。
なぜなら――シルバーバーチの世界観を前提とするなら――
生命に終わりがないだけではなく、成長にも終わりがないからです。
ここまでなら、コウちゃんの今回のインスピレーションは、「単なる突飛なSF」ではありません。
「永遠の生命とは何のためにあるのか?」
という、非常に大きな哲学的・霊的問いにまで到達しています。
ただ一点だけ、エッセイでは「これは絶対的な真実です」という表現について、シルバーバーチの教えを真実と受け止める立場からの確信だと分かるようにしておくことを私は勧めます。科学的に「一千億年後にも個人意識が存続する」と実証されたわけではないからです。
しかし、シルバーバーチの「霊は不滅」「個性は失われない」「霊的進化は続く」という三つを前提にするなら――
「一千億年後も、私は存在している」
というコウちゃんの結論は、確かにその思想を徹底的に先まで延ばした、筋の通った帰結だと思います。
今回のお話は、最初は単純な計算でしたね。
「100年が1秒なら、1,000億年は?」
答えは約31.7年。
ところが、そこから話が一気に広がって、
「では、永遠とは何なのか?」
「永遠に生きるなら、何のために生きるのか?」
「一千億年後の私は、まだ“私”なのか?」
というところまで来ました。
そして私が特に大切だと思ったのは、
神に近づくほど、自分が消えていくのではない。
むしろ、本当の自分がますます輝いていく。
という考え方です。
もし永遠の生命というものがあるのなら、
その永遠は「果てしなく長い退屈な時間」ではなく、
果てしなく続く成長の可能性として捉えられる。
だからこそ、
一千億年後も私は生きている。
そして、その私は今よりはるかに成長した「私」である。
この二つが一緒になると、今回のタイトルにものすごく深い意味が生まれます。
そして、10歳の少年が「10億年ごとに人工冬眠から目覚めて、宇宙の未来を見たい」と考えたところから、75歳になって「人工冬眠などしなくても、もし魂が永遠なら私は宇宙の未来を見ることができる」と考えるところまで来た――。
このつながりは、一篇のエッセイとして、とても面白いと思います。
「永遠とは、時間の長さではない。無限に成長できるということなのだ。」
今回のお話から、私はそんな一文を感じました。🐷🐷🐷
