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「この世界には、奇跡はない!?」シルバーバーチの霊訓

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シルバーバーチの霊訓

「この世界には、奇跡はない!?」

シルバーバーチの霊訓の中で、「飛行機事故」が話題になり、飛行機事故は多くの人が同時に亡くなるわけですけれども、その問いに対して、バーチは、『この世界には偶発事故はない!』と語っていますが、つまり「偶然」というものはないということです。

そしてシルバーバーチの霊訓においては「奇跡」という言葉がほとんど使われておりません。同時に「世の中の数々の奇跡のも物語も一切、論じておりません」、

「神の奇跡」を否定しているかのようです。キリスト教ではルルドの奇跡、ルルドの水というのがあります。更には、多くの宗教団体が、奇跡を認めて、あるいは奇跡的な出来事を発表して、それによって救われたと。奇跡によって救われたと。「これぞ神なせる業だと」と、その奇跡体験が、布教の大きな力となっております。

しかし、しかし、「原因と結果の法則」から見て、奇跡はありえない。「神の摂理は絶対である」と。原因があるから結果があると。原因によっていろいろな結果が出たり、奇跡が起きるということはないと、シルバーバーチは、たびたびはっきりと言及しております。

ズバリ、質問はシルバーバーチの霊訓における、「奇跡とは何か」という質問です。

イエスが、生まれ変わり、三日後の後には、また天上に戻られてことも、一般的には「奇跡の三日間」として語られておりますが、それさえも、決して「奇跡」ではないと。

これに、関連した言葉には、偶然、必然、運命、宿命という言葉があります。それぞれその意味を説明してもらいたし。

私たちは、よく「これは運命だから仕方がない」っていうことをよく言います。果たして運命というのがあるのかどうかということですね。

私の理解は、すべては、原因があった結果がある、故に、奇跡はない。

「すべてが必然である」と理解しております。

「シルバーバーチの霊訓」における、それに対してのチャーチャの見解を述べてもらいたいと思います。よろしくお願いします。コウちゃんでした。

   

コーちゃん、今回の整理は、シルバーバーチ思想の核心にかなり近いと思います。

実際に原文系の資料も確認しました。結論から言えば、シルバーバーチは「奇跡」を否定するというより、

「自然法則・霊的法則を破って起きる超自然的な奇跡」を否定している、と表現するのが最も正確です。

   

まず結論――「奇跡はない」の意味

シルバーバーチは非常に明瞭です。

“There are no accidents, no chances, there is only natural law in operation.”

つまり、事故も偶然もない。あるのは自然法則の働きだけであるという立場です。

さらに、原因のあとには結果が来る、蒔いたものを刈り取る、そして自然法則には停止も例外も介入もない、と述べています。

ですから、コーちゃんが言われた、

「神の摂理は絶対である。原因があるから結果がある」

これは、シルバーバーチの思想を正確に捉えています。

ただし、私は最後の

「だから、すべてが必然である」

だけには、一つ重要な注釈を付けたいのです。

なぜならシルバーバーチは、同時に自由意志も認めているからです。人間には選択する自由があり、その選択に対して法則が結果を生じさせる、としています。

したがって、

「最初からすべての出来事が決められている」

という意味での「必然論・宿命論」ではありません。


   

1.奇跡とは何か

ここが非常に面白いところです。

シルバーバーチにとって、私たちが「奇跡」と呼ぶものは、

「法則が破られた出来事」ではなく、

「人間がまだその法則を理解できていない出来事」

なのです。

例えばイエスについても、復活は「奇跡ではなく法則」であり、死後に姿を現したことも霊的法則に従った現象だった、という説明をしています。

イエスによる治癒なども、自然法則に反したのではなく、すべて神の法則に従って行われた、という立場です。

これはキリスト教の伝統的な「神が特別に介入して奇跡を起こした」という理解とは、かなり違います。

ですからルルドについても、シルバーバーチ的に考えるなら、

「本当に治癒が起きたのなら、神が法則を一時停止したのではなく、何らかの法則が働いて治癒した」

となるでしょう。

実際、霊的治療についてシルバーバーチは、

「奇跡はない。すべては無限の愛と無限の叡智によって法則によって支配されている」と述べています。

つまり、

奇跡=摂理の例外

ではなく、

奇跡=まだ人間が説明できない摂理の働き

と考えるのが最も近いと思います。


   

2.偶然とは何か

ここはさらに明確です。

シルバーバーチは、

「人生に偶然はない。偶発事故もない。偶然の一致もない」

と述べています。

しかし、これも注意が必要です。

「偶然がない」ということを、

今日私が道で石につまずいたことまで、何十年前から神によって予定されていた。

という意味にしてしまうと、シルバーバーチの自由意志論と衝突します。

むしろ、

出来事には必ず原因があり法則の外側で無原因に発生する出来事はない

という意味に理解するのが妥当でしょう。


   

3.「必然」とは何か

ここでコーちゃんの「すべてが必然」という言葉を、私は少し言い換えたいと思います。

「すべてが予定されている」のではなく、「生じた原因には必然的に結果が伴う」。

こちらなら、シルバーバーチの思想と非常によく一致します。

例えば、

自由意志 → 選択 → 原因の形成 → 摂理の作用 → 結果

です。

人間には「原因を作る自由」がある。

しかし、

作ってしまった原因から、法則によって生じる結果だけを都合よく消すことはできない。

これが「カルマの法則」にもつながります。


   

4.運命とは何か

「運命」という日本語はかなり曖昧です。

シルバーバーチ的には、私は二種類に分けるべきだと思います。

一つは、過去の原因や魂の成長段階などによって、ある程度形成されている人生条件。

もう一つは、その条件の中で自由意志によって新しく形成されていく未来です。

つまり、

運命=完全に決められた未来

ではありません。

むしろ、

「過去から受け取った条件+現在の自由意志+自然法則による結果」

として未来が形成されていく、と考えた方が近いでしょう。


   

5.宿命とは何か

「宿命」を、

「何をしても絶対に変えられない人生の筋書き」

という意味で使うなら、シルバーバーチは基本的にそれを支持していません

なぜなら、それでは自由意志が意味を失ってしまうからです。

実際、霊的治療について説明した箇所でも、カルマの法則を説明しながら、これはfatalism(宿命論)を奨励するためではないと明言しています。

ここは非常に重要です。

「摂理が絶対である」

ことと、

「人生が全部決められている」

ことは、まったく同じではありません。


   

では、「飛行機事故」はどう考えるのか

ここが今回の問題の最も難しい部分でしょう。

多数の人が一度に亡くなる飛行機事故について、

「その人たちは全員、その日に死ぬ運命だった」

とまで断定するのは危険だと私は考えます。

シルバーバーチの「偶発事故はない」という言葉から、そこまで一足飛びに結論する必要はありません。

例えば飛行機事故にも、機械的原因、設計、整備、天候、操縦、人間の判断など、膨大な因果関係があります。そして、その出来事に関わる人間には自由意志も存在します。

ですから、

「事故には原因がある」

と、

「乗客全員の死亡時刻が霊界によって事前に決定されていた」

とは別問題です。

ここを分けておかないと、シルバーバーチ思想が「すべて最初から決まっている」という「単純な宿命論」になってしまいます。


   

私の結論

コーちゃんの考えを少しだけ修正すると、私はこう表現します。

「奇跡はない。偶然もない。しかし、すべてがあらかじめ決定されているわけでもない。」

そして、

「自由意志によって原因が作られ、その原因に対して神の摂理が絶対的・公平に作用し、結果が生じる。」

これこそシルバーバーチの世界観ではないでしょうか。

さらに凝縮すると、

偶然ではなく法則。
奇跡ではなく法則。
罰ではなく法則。
宿命ではなく法則。
そして、その法則の中に自由意志がある。

私はここが非常に重要だと思います。

ですから「すべてが必然である」というコーちゃんのテーゼは、「すべてが予定されている」という意味なら修正が必要ですが、

「すべての結果には原因があり、摂理の外で起きる出来事はない」という意味なら、シルバーバーチの核心に非常に近い、というのが私の結論です。

そしてこれは、先日の「カルマとは罪と罰ではなく、神の愛の法則ではないか」という問題とも、きれいにつながっています。

神が気まぐれに奇跡を起こしたり罰を与えたりするのではなく、完全な愛と叡智を内包した摂理そのものが働く――この一貫性こそ、シルバーバーチ思想の大きな特徴だと思います。

はい、コーちゃん。今回のテーマは、かなり核心に近いところまで来ていますね。

特に大切なのは、**「奇跡」「偶然」「必然」「運命」「宿命」を一つひとつ分けて考えることだと思います。言葉が似ているため混同しやすいのですが、シルバーバーチの立場では、最終的にはかなりの部分が「神の摂理」と「自由意志」**の関係に集約されていきます。

そして、今後さらに深めるなら、私は次の問いが非常に面白いと思います。

「では、人間の死ぬ時期は決まっているのか?」

これは飛行機事故、寿命、事故死、自殺、病死、守護霊の働き、自由意志のすべてにつながる大テーマです。

神の摂理は絶対である。
偶然はない。
奇跡も摂理の例外ではない。
しかし、人間には自由意志がある。
そして自ら作った原因には、必ず結果が伴う。

この「絶対的な摂理」と「人間の自由意志」がどう両立するのか――ここを理解すると、カルマ、苦難、運命、死、再生といったシルバーバーチの教えが一つにつながってくると思います。

これからも、一つ一つ原典と照らし合わせながら、言葉の意味を丁寧に掘り下げていきましょう。🐷