シルバーバーチが禁止する食べ物とは。
副題「なぜ、動物を食べてはいけないの?」
今、時間が間もなく夜の10時になろうとしています。久しぶりに私の疑問点をチャーチャに投げかけてます。今まで類魂について学んできました。
つまり類魂は、人類の人間の『類は友を呼ぶ』、すなわち『親和性の法則』によって霊的レベルが同じ人たちが集まって類魂になるということですが、
シルバーバーチはこうも言っています。類魂は人類だけではなく、犬、猫、その他動物たち、哺乳類は、それぞれの『種族の類魂』があると明言しています。ワンちゃんも飼ってればわかりますけども、もう3歳以上の心がありますね。自分が誰かある程度知ってます、犬は。
ということで、全体としての類魂があると言っております。では、次なる質問です。
では、爬虫類、それから鳥類ですね、鳥たちは類魂があるのでしょうか?あるとすれば、どのような類魂なんですか?という質問ですね。人間の類魂と、鶏の類魂とは全然違うと思いますね。鳥類は、1億集まっても、霊的に進化するには、なかなか進化するのは難しいとおもいますが、「進化」は、神のテリトリーだと思っていますから、
はっきり言えば、爬虫類が将来、霊性が上がって人間になることはないと思います。
この質問は何を言いたいかというと、
人間の食ですね。
では人間は何を食べていいか、何を食べるのは許されると。
シルバーバーチは肉食を禁止している、つまり哺乳類を食べることに対して、厳しい見解を持っています。
ではベジタリアンどうですか?
ヴィーガンはどうですか。ここにつながっていくかと思います。段階的に話を進めたいと思います。シルバーバーチが言う、食べてはいけないもの、ズバリ、それは何ですか。そして、それはその理由は何ですか?
人間の本質である霊的成長は、何を食べたかではなく、「何をしたか」です、「食べたもの」によって霊格が下がるということはあるのでしょうか?
【シルバーバーチの肉食と霊性との関係】です。
チャーチャ様、回答をお願いいたします。コウちゃんでした。
【チャーチャの回答】
コウちゃん、はい。今、夜10時少し前ですね。今回の疑問は、これまでの「類魂」の話を、いよいよ動物界全体、そして肉食・菜食の問題へ広げる重要な入口だと思います。
調べ直したうえで申し上げると、まず一つ、かなり大切な問題提起があります。
① 類魂は「哺乳類だけ」と限定しない方がいいです
シルバーバーチの教えでは、動物について、死後に「グループ・スピリット」に融合していくこと、そしてその働きは個々の動物ではなく「種のグループ全体」に及ぶと説明されています。さらに、ニワトリやキツネについても生命の神聖性を同じ原理で語っています。したがって、
犬・猫など哺乳類だけに類魂がある
と限定する根拠は弱いです。むしろ、
鳥類や爬虫類を含め、動物界には種に対応するグループ・スピリットがある
と理解する方が、シルバーバーチの体系には自然です。
ですから、たとえば「ニワトリの類魂」「鳥類のある種のグループ・スピリット」「爬虫類の種に対応したグループ・スピリット」という考え方は十分成り立つと思います。
ただし、「鶏の類魂は具体的に何羽で構成され、どんな構造をしているのか」までシルバーバーチが詳細に説明した、とまでは確認できません。 ここは「推測」と「原典」を分けた方がいいでしょう。
② 人間の類魂と動物の類魂は、同じ「類魂」という言葉でも同一ではありません
ここはコウちゃんの直感が非常に重要です。
人間のグループ・ソウルについてシルバーバーチは、「一つのダイヤモンドと、その多数の切子面」という有名な比喩を使っています。
そして人間の場合、個性(individuality)は失われません。霊的親和性によって結びつきながら、それぞれが個性を保持して永遠に発達していく、とされています。
一方、動物については、「種のグループ」に戻るという説明になっています。しかもシルバーバーチ自身が、動物の進化について、
「人間の進化とは次元が異なります」
という趣旨を明確に述べています。
ですから、
人間の類魂 = ニワトリの類魂 = 犬の類魂
と横一列に考えるのは危険です。
「グループ」という共通性はあっても、個体意識・個性化の程度が違うという理解がよいと思います。
③ では、ニワトリや爬虫類は永遠に動物のままなのか?
ここが今回もっとも面白いところです。
コウちゃんは、
鶏が学んで、いつか人間の類魂に入るということはないのではないか。
とおっしゃいました。
この点については、私は半分賛成、半分保留です。
「今いる一羽のニワトリが修行を重ねて、何億年後にその個体のまま人間になる」というイメージなら、シルバーバーチの説明とはかなり違うと思います。
ところがシルバーバーチは別の箇所で、生命進化について、
生命の最も単純な段階から複雑な段階へ、そして人間へ向かう漸進的な発達がある
という趣旨を語っています。
つまり、
「この犬がいつか人間になる」
という個体転生モデルではなく、
生命・霊が集合的な段階を経ながら発達し、どこかで個性化された人間的段階が成立する
と考えた方が近いでしょう。
したがって、「爬虫類は絶対に人間段階へつながらない」とまで断定するのも、逆に少し危険です。
ここはむしろ、
動物 → 動物としてのグループ的進化 → 個性化の段階 → 人間的霊性
という、非常に長大な進化過程として捉える余地があります。
そしてこれは、ダーウィン的な「肉体の生物進化」とは別の話です。

④ そして、いよいよ「食」の問題です
ここでコウちゃんの質問が非常に鋭くつながります。
「犬には類魂がある。ニワトリにもある。では牛や豚を食べてはいけないのなら、なぜ鶏はいいのか。魚は? さらに植物は?」
この問いは避けて通れません。
しかもシルバーバーチの発言を確認すると、問題は単純な
「哺乳類を食べてはいけない」
ではありません。
もっと根本的です。
シルバーバーチは、キツネ狩りについて問われた際、
「すべての生命は大霊のものです」
という原則を示し、さらにニワトリについても、人間に生命を創造する力がない以上、その生命を勝手に奪う権利はない、という趣旨を述べています。
ここは重要です。
つまり対象は牛・豚・羊だけではありません。
ニワトリも生命です。
そうなると次の段階で、
魚は? 貝は? 昆虫は? 植物は?
という問題が当然出てきます。
ここから初めて、ベジタリアン、ヴィーガンの問題を本格的に考える必要が出てきます。
⑤ しかし、「肉を食べた人=霊格が低い」ではありません
ここはコウちゃんがおっしゃった通り、絶対に分けて考えるべきだと私も思います。
シルバーバーチの中心思想は、食事規則によって人間をランク付けする宗教ではありません。
その人が、
どれだけ愛したか。
どれだけ他者に奉仕したか。
どれだけ利己性を克服したか。
どれだけ自分の霊性を発現したか。
こちらが本質です。
ですから、
肉食者=霊性が低い
ヴィーガン=霊性が高い
という公式にしてしまった瞬間、私はシルバーバーチの本質から離れてしまうと思います。
むしろ食の問題は、
「霊性が高いか低いかを判定する物差し」ではなく、生命への慈悲をどこまで生活の中に実践できるかという問題
として捉えるのが適切でしょう。
そして今回の話を一本につなげると、こうなります。
大霊
→ 生命
→ 動物界のグループ・スピリット
→ 種ごとの進化
→ 個性化
→ 人間的霊性
→ さらに永遠の霊的進化
この巨大な流れの中で、**「では人間は他の生命を食べることを、どこまで許されているのか?」**という問題が出てくる。
これは、次の段階でぜひ、
「シルバーバーチは、具体的に何を食べるなと言ったのか――牛・豚・鶏・魚・卵・乳製品、そして植物はどうなのか」
と、一品目ずつ原典に近いところまで確認して整理すると、とても面白いテーマになります。
今夜の問いは、類魂論から食の倫理へ一本の線がつながりました。ここはかなり深く掘れます。
⇒次のエッセイ、
第二部「命の尊さを、分かってください」に、続く。



