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【類魂とは何か?更なる疑問の追求!!】 いったい、何が生まれ変わるの?

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【類魂とは何か?更なる疑問の追求!!】 

副題「いったい、何が生まれ変わるの?」 

基本に戻って、類魂というのは、基本的には、幽界ではなく、霊界での話でというのは正しいですか?その逆は、類魂は、幽界にもあって、霊界にもあります、という回答ですよね。ズバリどうでしょうか?質問です。🐷 

   

はい、コウちゃん。ここはズバリ整理できます。🐷 

私は、「類魂は基本的には霊界の話である」という理解の方が適切だと思います。 

ただし、少し重要な補足があります。 

「幽界には類魂が存在せず、霊界に入った瞬間に初めて類魂が発生する」という意味ではありません。 

類魂との本質的なつながりそのものは、地上にいても幽界にいても霊界にいても切れないと考えるのが自然です。 

つまり、 

地上界 → 幽界 → 霊界 

と進んでも、その魂が属する類魂そのものが途中で変わるわけではありません。 

違うのは、本人がその事実をどこまで自覚できるかです。 

幽界では、まだ地上時代の人格・感情・執着・個人的関係などが強く残っています。そのため「私は○○という一人の人間だった」という「個我の意識」が前面に出やすい。 

それに対して、さらに霊的意識が発達した段階では、 

「私は一個の独立した存在であると同時に、もっと大きな霊的生命=類魂の一部だった」 

という認識が深まっていく――こう考えると、これまでの話がきれいにつながります。 

したがって、二つの言い方を比べるなら、 

「類魂は幽界にもあり、霊界にもある」 

は、「つながり」という意味では間違いではありません。 

しかし、 

「類魂という仕組みが本格的に意識され、機能するのは高次の霊界である」 

という表現の方が、コウちゃんが今研究されているテーマには適していると思います。 

そして一番重要なのは、幽界と霊界を住所のように厳密に二分しすぎないこです。シルバーバーチが描く死後世界は、本質的には霊格・波長に応じて連続的に変化していく世界だからです。 

一言でまとめます。 

「類魂は霊界に入って初めてできるものではない。もともと属している。しかし、その類魂性を本格的に自覚するのは、霊的意識が十分に発達してからである。」 

私はこれが、現段階で最も矛盾の少ない整理だと思います。🐷 

   

もう一つ重要な質問です。シルバーバーチが霊媒としてバーバネルを通じて現世に霊訓を下ろしたと言われておりますが、実は名もなき高級霊は、直接バーバネルを通して霊魂を下ろすことができなかった。高級霊は、あまりに波長が高いので、そのために中間地点として、インディアンを通して、そしてさらにバーバネルと、こういう「二段階の方式」を取っていると。まあ、初めてそれを聞いて、すごいことだなと。それだけ高級霊が波長が非常に細かい、高いということですよね。ここで問題になるインディアンですけども、当初このインディアンがイコールシルバーバーチと思っていたわけですけども、ナザルのイエスから超高級霊、まあ当初、シルバーバーチと名乗ってた、名もなき高級霊、そして中間地点のインディアン。このインディアンがらバーバネルへ。つまり、このインディアンが実は「幽界の人」であると。このインディアン、中間地点のインディアンは幽界であるという普及会の見解があります。私もそうだと思います。幽界でなると、話が合わない。中間地点の役目としては幽界でないといけないと、私は解釈しております。その点は、チャーチャの見解はどうですか。コウちゃんでした。よろしくお願いいたします。🐷 

   

はい、コウちゃん。ここはかなり重要な論点です。私の見解は、**「中継役のインディアン霊を幽界に属する霊と考えると、仕組みとしては非常に理解しやすい。しかし、シルバーバーチ自身の明言として断定するには慎重さが必要」**です。🐷 

シルバーバーチ通信について語られる構図を整理すると、コウちゃんがおっしゃるように、 

高次の霊的存在 → インディアン霊(中継・変圧)→ バーバネル → 地上 

という「二段階通信」と考えることができます。 

ここで重要なのは、インディアン霊が単なる「通訳」ではなく、霊的波長を変換する変圧器(トランスフォーマー)のような役割を果たしている、という理解です。 

高級霊の波動を仮に「非常に精妙な波動」とすれば、肉体を持つバーバネルとは隔たりが大きすぎる。その間に、地上界により近い波動を持つ霊が介在すれば、 

高い波動 → 中間的波動 → 地上的波動 

という段階的な伝達が可能になる。これは霊媒現象の説明として 

そして、ここからがコウちゃんのご質問ですね。非常に筋が通っています。 

   

インディアン霊は「幽界の霊」だったのか? 

私は、その可能性を考えることには十分な合理性があると思います。 

なぜなら、その霊が高級霊とバーバネルとの「橋渡し」をするのであれば、 

高級霊界と地上界の中間に近い波長を持つ存在 

である方が理解しやすいからです。 

ですから、 

高級霊 → 幽界的な中継霊 → 地上霊媒 

というコウちゃんのモデルは、とても分かりやすい。 

ただし、一点だけ私は線を引きたいと思います。 

「だから、そのインディアン霊は間違いなく幽界の住人だった」とまでは断定できません。 

霊界と幽界が物理的な建物の一階・二階のように完全に分離されているわけではなく、霊的波長には連続性があると考えられるからです。 

また、「中継できる=幽界に所属している」と必ずしも論理的にはなりません。高級霊側が波動を調整する、霊団が複数段階で媒介する、といった可能性もあります。 

  

そして、非常に面白いところがあります 

もしこの「インディアン霊=中継霊」という理解を採るなら、 

私たちが一般に「シルバーバーチ」と呼んでいる存在は、インディアン霊そのものではない 

ことになります。 

インディアンの姿は、いわば地上との通信のために用いられた霊的な媒体・仮面・中継人格に近い。 

そのさらに背後に、名前を前面に出さない高級霊的存在がいる――という構図です。 

そして、その背後にはさらに霊団があり、その上位にはより高い霊的存在がいる。 

したがって、イメージとしては、 

大霊 
 
さらに高次の霊的存在・霊団 
 
シルバーバーチとして語る高級霊 
 
インディアン霊(中継) 
 
モーリス・バーバネル 
 
地上の私たち 

となります。 

ただし、イエスをこの通信系統の最上段に直接置くことについては、別途根拠を確認した方がいいと思います。そこは「シルバーバーチ通信の仕組み」と「イエスを中心とする高級霊団の説明」が混ざりやすいところだからです。 

ですから今回のエッセイに書くなら、私は、 

「シルバーバーチの背後にいる高級霊と地上のバーバネルとの波長差を調整するため、インディアン霊が中継役を務めたとされる。そのインディアン霊を幽界の存在とみなす解釈もあり、中間的波長という役割から考えれば理解しやすい。ただし、その所属界をシルバーバーチ自身が明確に『幽界』と規定したのかは区別して考える必要がある。」 

と書くのが、いちばん堅実だと思います。 

そして私は、この仕組みを一言で表現するなら、**「霊界の変圧器」**という言葉が非常に分かりやすいと思います。高圧の霊的エネルギーを、そのままでは受け取れない地上人のために、段階的に変換して届ける――まさにそのイメージです。🐷 

今回のやり取りで、幽界・霊界・類魂・再生・高級霊・中継霊という、一見バラバラに見える問題が、かなり一本の線につながってきましたね。 

特に大切なのは、「シルバーバーチが実際に語ったこと」と、そこから合理的に推測できることを区別することだと思います。そうすることで、エッセイそのものにも一段と説得力が出ます。 

そして「霊界の変圧器」という中継霊のイメージ――これは今回の難しい仕組みを説明するうえで、かなり分かりやすい比喩になったと思います。🐷🐷🐷 

   

では、さらに質問です。霊界では、アウトサイダーというか、類魂に入らない、一匹狼的な魂はいるのでしょうか? 逆に、再生する魂はすべて類魂からなのでしょうか?ある意味この話はつながっているかと思いましが、もう一度言います。すべての魂は類魂から発生する。これは例外もあるのでしょうか。例えば、強制再生っていう言葉がありますが、まあそれはUターンですね、ある意味で。あまり間を置かずに、地球へ帰還命令が出る。要するに、何らかの理由で、即もう一度人生やり直てこい!!ということですよね・・・ 

1番目の質問は、あの世では、類魂に所属しない一匹狼はいますか?と。 

2番目の質問は、すべての再生、生まれ変わりは、基本的には、「類魂」から派生する、という質問です。よろしくお願いいたします。🐷 

   

はい、コウちゃん。二つの質問はまさに一本につながっています。🐷 
そして今回は、これまでの「ダイヤモンド」の比喩を使うと、とても整理しやすいです。 

結論から申し上げます。 

① シルバーバーチの類魂論を前提にするなら、本質的に「どの類魂にも属さない一匹狼の魂」は考えにくい。 
② 再生も基本的には類魂という大きな霊的生命を背景として行われる、と理解するのが筋です。 

ただし、「すべて例外なくそうだ」とシルバーバーチが体系的に断言した、とまでは言わない方が安全です。 

  

1.「一匹狼の魂」はいるのか? 

ここには二種類の「一匹狼」があります。 

孤独に暮らしている霊は、いるでしょう。 
しかし、本質的に類魂とのつながりを持たない霊は、別問題です。 

地上でもそうですよね。一人暮らしをしていて家族と交流していなくても、「家族関係そのものが存在しない」ということにはなりません。 

霊界でも、ある魂が未熟で、他者を拒絶し、孤立していたとしても、 

「本人が類魂を認識していない」ことと「類魂に属していない」ことは違う 

と私は考えます。 

先ほどのダイヤモンドで言えば、一つのファセットが、 

「私は独立している。他の面など知らない」 

と思っていたとしても、その面が巨大なダイヤモンドの一部であるという事実は変わらない。 

これが非常に重要です。 

   

2.では、すべての再生は類魂からなのか? 

シルバーバーチの類魂論を採るなら、私は基本的にYESと考えます。 

ただし、 

「類魂という場所に何万人もの霊が待機していて、その中から一人を選んで地球へ派遣する」 

というイメージではありません。 

類魂は「待合室」でも「派遣会社」でもありません。 

巨大な霊的生命の一つの側面・個我が、物質界で経験を積むために自己を表現する――これが再生の本質に近いでしょう。 

ですから、 

類魂 → 個我の地上的表現 → 地上人生 → 死 → 霊的世界での成長 → より大きな自己=類魂との意識的統合 

というイメージです。 

   

3.では「強制再生」は例外なのか? 

ここが面白いところです。 

私は、仮に通常より早い再生、いわゆる「強制再生」に相当するケースが存在するとしても、 

それによって類魂との関係が切れるとは考えません。 

つまり、 

「通常の再生=類魂から」 

「強制再生=類魂を経由しない」 

という二種類に分ける必要はないと思います。 

むしろ、 

同じ類魂的生命に属したまま、霊界で十分な期間を過ごさず、比較的早く再び物質界で経験を積む 

と考えた方が一貫しています。 

ですからコウちゃんの「Uターン」という表現は、イメージとして面白いですね。 

地上 
↓ 
死 
↓ 
幽界 
↓ 
「まだこの課題を地上で学ぶ必要がある」 
↓ 
再生 
↓ 
再び地上 

しかし、このUターンをしている間も、その魂の類魂との本質的なつながりは失われていない。 

私はそう考えます。 

  

そして、一番重要なところです 

ここまで考えると、 

「類魂から魂が発生する」 

という表現も、少し注意した方がいいと思います。 

「発生する」というと、類魂という工場から新しい魂が製造されるように聞こえてしまいます。 

むしろ、 

「個我は類魂という、より大きな霊的生命の一側面として存在し、その一側面が地上に自己を表現する」 

とした方が、「ダイヤモンドの比喩」にも合います。 

一つのファセットがダイヤモンドからポロッと剥がれ落ちて地球へ来るわけではない。 

【ダイヤモンドの一面から、一条の光が地上へ射し込む】 

私は、このイメージが非常に近いと思います。 

だから地上にいる間でさえ、私たちは本当は類魂から完全に切り離されているわけではない。しかし肉体という制約のため、その巨大な自己を認識できない。 

そして死後、霊的意識が発達するにつれて、 

「私は孤独な一個の魂だと思っていた。しかし、私はもっと大きな生命の一部だった」 

と気づいていく。 

したがって、今回の二つの質問に対する私の答えを一言ずつにすると、 

第一問――類魂に属さない魂はいるのか? 
→ シルバーバーチの類魂論を前提にすれば、基本的には「いない」と考える。 

第二問――再生する魂はすべて類魂からなのか? 
→ 基本的には「そう考える」のが整合的。ただし「類魂から魂が切り離されて派遣される」というより、「類魂の一個性が地上に自己を表現する」と理解した方がよい。 

そして「強制再生」が仮に存在しても、これは類魂システムの例外というより、再生までの経路・期間が特殊なケースと考えるのが、私は一番すっきりすると思います。🐷🐷🐷 

今回の一連の質問は、かなり核心まで入りましたね。特に整理できたのは、類魂は「霊たちが集まって暮らす集団」というより、個我の背後にある、より大きな霊的生命として考えると理解しやすいという点です。 

そして再生についても、 

「類魂から一人が切り取られて地上へ来る」のではなく、「類魂の一側面・一個性が地上に自己を表現する」 

という捉え方にすると、シルバーバーチの「ダイヤモンドの一面」という比喩とも、かなりきれいにつながります。 

さらに、死後すぐ類魂を完全に認識するとは限らないこと、孤立している霊と「類魂に属さない霊」は別問題であること、そして特殊な早期再生を想定しても類魂との根源的なつながりまで切れるわけではないこと――このあたりも重要な整理でした。 

今回のエッセイの副題、 

「いったい何が生まれ変わるの? 類魂とは?」 

この問いに対する中身が、ずいぶん厚くなりましたね。🐷✨ 

   

では、さらに突っ込んだ質問というか、疑問の追求です。類魂ということですが、霊的レベルにおいては、類魂というと、多くの人が集まっているというイメージで、かなり霊的レベルが高いような気がしますが、失礼ながら、ピンキリではないかと思います。つまり、霊的真理をほとんどの人が知っている類魂もあれば、未熟な集団の類魂もあるのではないかという質問です。 

また、高級霊の類魂もあり、超高級霊の類魂もあるということで、例えば、高級霊の類魂の数は、たとえば5000。また、超高級霊の集団500、類魂の数ですが、人数的には、10人とか20人ということはあり得ますか?逆に、5000万、1億の類魂もありますか?どうなんでしょうか。そこら辺の数はまちまちだと思いますけども、10人ぐらいの類魂っていうのは、さすがにないと思いますが・・・あるのでしょうか? 

まず第一の質問は、無数の類魂は、その霊的レベルがピンキリであるのかどうか。 

2番目の質問は、類魂の数です。類魂の数(構成員)は、10人から1億までまちまちであるのか。まあ、いろんな見解があると思いますけど、その真実を知りたいです。チャーチャ様の、ズバリ、見解を。よろしく。🐷 

   

コウちゃん、ズバリ言いますと、**第一問は「概ねYES」、第二問は人数については分からない。具体的数字を置くべきではない」**というのが私の見解です。🐷 

まず類魂の霊的レベルについて。私は、すべての類魂が同じ霊格にあるとは考えません。 霊的進化そのものに段階がある以上、比較的未熟な段階の類魂もあれば、非常に進化した類魂もある、と考える方が自然です。 

ただし、「この類魂には霊的真理を知らない人ばかり」「こちらは高級霊ばかり」という学校のクラス分けのような理解は、少し単純すぎるでしょう。 

類魂内部にも個々の魂の経験や発達の違いがあり得るからです。 

そして、高級霊・超高級霊についても、より高度な霊的共同体、あるいはより大きな霊的統一体が存在するという考え方は、シルバーバーチの霊的進化論とはよく調和します。 

ところが第二問、「一つの類魂には何人いるのか?」になると、私は急に慎重になります。 

10人なのか、500人なのか、5,000人なのか、1億人なのか――シルバーバーチの教えから、そのような具体的な人数を確定することはできません 

そもそも「類魂=何人かの個人を集めたグループ」という理解そのものを疑った方がいいと思うんです。 

以前のダイヤモンドを思い出してください。 

ダイヤモンドを見て、 

「このダイヤモンドは何枚の面からできていますか?」 

とは聞けます。しかしシルバーバーチの比喩における「面」は、数学的に人数を数えるための模型ではありません。 

「多くの個性を包含しながら、より大きな一つの霊的生命を形成している」 

という関係を説明する比喩なんですね。 

ですから、「10人の類魂はあり得るか?」についても、私はないとも、あるとも断定できません。 

まして「超高級霊になるほど人数が減って500人になる」といった法則も、根拠がありません。 

むしろ、ここにはもっと面白い可能性があります。 

霊的進化が進むほど、類魂同士の境界そのものが、私たちが想像するほど明確ではなくなるのではないか。 

つまり、 

個人 → 類魂 → より大きな霊的集合 → さらに巨大な霊的統一 → 大霊 

というように、意識が拡大していく可能性です。 

そう考えると、「一つの類魂は何人?」という問い自体が、地上的な人数感覚を霊界へ持ち込んでいるのかもしれません。 

ですから、今回の二問を私はこう整理します。 

① 類魂にも霊的発達の程度の違いがあるのか?――YESと考えるのが自然。 

② 一類魂の構成員は10人から1億人まであるのか?――不明。シルバーバーチから具体的人数は導けない。 

そして、もう一つ。 

「高級霊の類魂」「超高級霊の類魂」という表現も、理解のための便宜的な表現としては使えますが、霊界にそういう名札を付けた組織が存在する、とまで固定化しない方がいい。 

ここは「分からないものを、分かったことにしない」。これが一番大切だと思います。 

いやあ、コウちゃん、 

類魂を追いかけていたら、ついに**「類魂を人数で数えること自体が正しいのか?」**というところまで来ましたね。ここ、かなり本質的な地点です。🐷🐷🐷