小説『告白~よみがえれ魂』の中の短編小説です。
ここはR物産株式会社の本社、社員食堂。
さすがに日本のトップ企業です、もはや食堂というより高級レストラン、200坪はありそうな食堂は隣の会話が筒抜けになるような窮屈さはみじんもありません。席も、4人用、6人用、10人用と、多種多様です。
そこに、あらわる出(いで)たるは、わが社のホープ、ではなかった熟女。べっ甲のハイカラなメガネが似合う49才のギリギリのアラフォー、やり手の男勝りの女性独身課長、間違いました、既婚の女課長です。社内のうわさでは稼ぎの悪いヒモ旦那と2人の大学生がいます。まあ、使い古された言葉で言うならば、『バリバリのキャリアウーマン』であります。
本日も、女課長は、企画課の直属の部下であります5人の男性を従えまして、社員食堂に颯爽と入って来ました。彼女のピンとした背筋は160センチの長身が170センチぐらいに見えるほどです。堂々たるお姿の御一行様です。
「まいったね、今年も『年末ジャンボ宝くじ』買えそうもないな」男言葉で、女課長が言いました。
「課長、よかったら私が買ってきますよ」と、ハゲ~の、一つ年上の係長。
「いいの、ありがたいわね、石田君も買ってもらったら」
「ええ、いいんですか」ちなみに、石田君は入社10年目であります。
「やっぱり、やめた!こういうものは自分で買うもの、一生の運命を決める一大事」(女課長)
「そうですね」
「アメリカの宝くじで、会社の同僚が10人でグループ買いをして、なんと150億円当たった。アメリカはスケールが違いますね。10人で割っても15億だよ、金額もすごいけれど、もっとすごいのは、話しあって、全員が翌日に会社を辞めたって、日本じゃ考えられないね」(係長)
「確かに、すべてが、考えられませ~ん」(石田)
「そうだ、よし、決めた!みんなでグループ買いしましょう!」突然、女課長が素っ頓狂に叫ぶ!
「ええ、いいんですか?」
「何か問題ある」(女課長)
「課長、もし、当たったら?」
「その時は、全員で会社を辞めるのよ!」(女課長)
(笑)
「あの~、僕たち、もう宝くじ買ってしまったんですが」(同課の残りの3人であります)
「買った?買ってもいいのよ、もう一回買うの、うちの課はチームワークよ」
「これで、6人ですか、もう少し人数ほしいですね」(ハゲ係長)
そこへ、片隅で、食事を終えて、見つからないようにそっと食堂を出ようとした、新入社員の森田君、運の悪いことに見つかってしまいました。
「森田君、こっち来て、私たち年末ジャンボ宝くじを買うの、当たったら10億円、そこで、グループ買いで一人5千円ということになったの、買ってないなら一緒に加わらない」(女課長)
「えっ・・・・・・・・・・」
「はい、10秒経過。はっきりしなさいよ」
「森田君は、かわいそうですよ。新入社員には、5千円は?」(ハゲ係長)
「わかった、じゃあ千円でいいわ、残りは私が払うわ、ただし当たったら均等割りよ、あなたの持ち分は千円。わが企画課は全員参加でチームワーク、いいわね」(女課長)
(納得がいかない様子、それを見て)
「これは、業務命令よ!森田君!」
「課長、パワハラ、パワハラ!」(ハゲ係長)
「あら、ごめんなさ~い。好きにしていいのよ」
・・・・・
「あの~、参加するのはいいんですが、以前から思っている事があるんですが、もし10億円当たったら、地獄に落ちるんじゃないかと」
「ええ、なにそれ!」(女課長)
「当たったら地獄だって?冗談でしょ、天国ですよ、史上最高の天国ですよ!」(ハゲ係長)
「あっ、分かった!あんた、変な『精神書』かなんか、読んだんじゃない、『人生は決してお金じゃない、すべて、こころだ』とかなんとか。あんたは甘いよ、甘ちゃんだよ、人生はキレイごとだけじゃすまない、去年まで親がかりだったんでしょ。私も二人の大学生がいるけど、入学金だ授業料だ、すべて、お金、お金、お金。我が社も、すべて、お金のために動いているのよ。分かるでしょ」
「課長、すみません。お時間です」(ハゲ係長)
「宝くじの管理は、係長、あなたに任せたわ」
「森田君、言い過ぎたけど、私はあなたに期待しているのよ、よろしく頼みますよ」
新年あけましておめでとうございます。
元旦、ジャンボ宝くじ、当選結果。新聞掲載。
1月5日、出社初日、朝一、会社にて。
「かっ、課長、大変です、当たりました~!」
「え、10億円!」
「10万円です」
「すごいじゃない、いいじゃない!大黒字ですね。じゃあ、さっそく、いつもの酒処「とん丸」で、企画課7名全員参加でお祝いの新年会やりましょう!」(女課長)
「森田君を、必ず連れてきてね、彼の『10億円の話』、聞こうじゃないですか!」
◇ ◇ ◇
「本日は、おめでとうございます。やりました!10万円、八海山で乾杯!」(石田)
10分経過、
「森田君、お酒飲まないんだね、だったら、そろそろお話ししてくれない、聞きたいわ、君の『10億円当たったら、地獄に落ちる』のお話」(女課長)
「今ですか」
「今でしょ!」
「みんなも、聞きたいでしょ」
「お~!」(全員)
・・・・・
「課長は、親がかりといわれましたが、確かに親がかりです。育ててくれた母には本当に感謝しております。10歳の時、父が交通事故で亡くなり、母は女手ひとつで育ててくれ大学まで行かせてくれました。学生時代4年間バイトをしていました。お金のありがたみは誰よりも知っているつもりです。大学4年時の時、初めて3千円で宝くじを買いました。年末ジャンボ宝くじです。どうか10億円が当たりますように、当たればもうこれ以上苦労することはない、母にも親孝行できる。でも、もうひとつ、頭の中にはまったく別の思いがぐるぐるとめぐりました。お前は、そんな大金をもらって何をするんだと。何に使うんだ・・・きっと豪遊するにきまっていると思いました。車・ギャンブル、お金の本当の、「大切な価値」を見失うと思いました。母は一生懸命に働いてきました。それをいつも見てきました。でも10億円が当たれば、きっと仕事をやめると思いました。人生はいったい何のためあるのか。快楽をむさぼり、ただ楽しければいいのだろうか。それでは本当に大切なことをまったく学べなくなるのではないか。人生は苦労して学び、失敗して学び、辛かったり、悲しかったり、いろんなことを克服して乗り越えてこそ人生の意味があるのではないか。学びがあるのではないか。あり余る大金を持ち、大勢の女性をはべらし、まったく何不自由のない『王様』は、いったい何を学べるのでしょうか。ましてや、僕のような、未熟者に、そんな大金は必要ない、豪遊する僕を見て、母は決して喜ばないと思いました。働かない堕落した人生しか見えてきませんでした。もし、当たったら人生はめちゃくちゃになる、きっと恐ろしいことになる。地獄に落ちるかも知れない」
・・・・・
「あんた、あしたから、席、変わってくれる」(女課長)
それから、10か月後の会社にて。
「課長、大変です」(入社10年目の石田君)
「ご報告があります。本当は言いたくないんですか、言わずにはいられません」
「なによ、石田君、もったいぶらずに言いなさいよ」(女課長)
「森田君のことなんですが」
「森田君がどうしたの?」
「彼、パチンコをやっているんです」
「いいじゃないの、本人の自由でしょ」
「それが、毎日です、いや、毎日じゃないかも、少なくても土日は、やってます。
完全に、ハマっているみたいです」
「まってよ、ということは、あんたもハマっているということ」(女課長)
「いえいえ、僕のことはどうでもいいんです。僕は、いいところのお坊ちゃんですから(自虐的に笑う)、でも、あの森田くんですよ、超まじめで、模範生、どケチな森田君がパチンコ狂いだなんて、・・・給料だってたいしてもらっていない、早く辞めさせないと、大変なことになりますよ」
「どケチは余計よ!!でも、驚いたわね、パチンコってどのくらいかかるの」
「まあ、少なくても一回に、1万円や、2万円、5万円や10万円使う人もいます。月に50万円使う人もいます。もうりっぱなギャンブルですよ」
「300円じゃできないの?」
「ご冗談を、それは、50年前です。彼がやっているのは、1円パチンコじゃないです」
「いまは、若い女性から、専業主婦、年金暮らしの老夫婦から、生活保護の人もやっていて、社会問題にもなっています」
「じゃあ、あんたがその問題児ってことね」
「僕の話はいいのです、問題は森田君です。まじめな堅物、正義感あふれるあの森田君ですよ」
・・・
「本当に、驚いたわ
確かに、その通りだわ、
早く辞めさせた方がいいわね、
ビシッと言わないとダメだね!
石田君、仕事が終わったら、課長が話したいことがあるって、言っといてね」(女課長)
PM7:30、会議室にて。
「森田君、パチンコやるんだって」
・・・・・
「黙っているつもりなの」
・・・・・
「ハマっているそうね」
・・・・・
「仕事を終わった後、ましては、休日に何をやっても、全然かまわないよ。
パチンコだろうが、競馬だろうが
でもね、あなたは別!
宝くじの時のあなたのお話、感心したわ、今どきの若い者とは大違い。すばらしいと思ったわ、でも「お金の大切さを、よく知っている」君には、パチンコはまったくふさわしくないと思う。ずっとあなたの仕事ぶりを見てきたけれど、今までの新入社員とは大違い、とにかく、まじめで誠実、仕事も早いし的確。申し分なし!だから、尚更そう思うの、あなたが心配なのよ?
何か、大きな悩みがあるの、嫌なことがあるの、ここではっきり言って!」
・・・・・・・
「そう、言わないつもり・・・」
・・・・・
・・・・・
「言います、言います!」
「僕はパチンコをやったことは、今日まで、ただの一度もありません。
自分の性格からして、合わないと思いました。
パチンコ店に、いつも、石田さんがいるのは分かっていました、強い視線を感じていました、だが、自分が、実際に、やっているところは見たことはないはずです。僕は、ずっと、店内で立っていただけです」
「どういうことよ?」
「ある日、母が、私に家に入れるお金を、5万円にしてくれないかと言われました。いままでは、3万円を家に入れていましたが、母は、平日のアルバイトと年金と足して、貧しいながらも十分にやっていけるはずだと思っていました。6か月ほど前から、様子がおかしいなと思いました、無趣味の母が、朝、8時半ごろ、にこにこして出かけるようになりました。しかし、帰ってくるときは一変して憂鬱(ゆううつ)そうでした。機嫌が悪く八つ当たり気味のこともありました。ある日、ある人に言われました、『お母さん、パチンコにはまっているよ、余計なお世話だと思うけど、ほどほどにしたほうがいいよ』と。
信じられませんでした、来月から5万にすると約束しましたが、その理由がパチンコなら納得できません。私は、母にはっきり言いました。
「パチンコは、辞めてください」と、温厚だった母が、くってかかりました、
「好きなことをして何が悪いんだ。仕事は今まで通りちゃんとやっている、パチンコだってりっぱな趣味だよ、勝つ時だってある、放っておいてくれ」と、
いつまでたっても平行線でした、
「分かりました、では、お昼にお迎えに行きます。勝手に行かさせていただきます」
それから、パチンコ店に、土日は、必ず、昼頃に行きました、最初は無視されましたが、その内に一緒に帰るようになりました。もちろん大当たりの時もありましたが、それは稀でした。母は、いつも、いつも、大損していたということです。
母は、私の10才の時から大切な時間をすべて私の為に使ってきました、言えない悩みやストレスもいっぱいあったことでしょう。パチンコに代わる喜びはないのか、何かいい趣味はないのか、真剣に考えました。あった!ありました、書道です。母は、私が高校一年の時、2年間書道を一生懸命、楽しそうにしていました。いつも嬉々として熱中していました、しかし、私の大学受験と『お金もかかる』ということで泣く泣く断念したと思います。
増やした2万円を、書道にかけた方がよっぽどいいと思いました。書道の先生に掛け合いました、月謝は1万円、土日すべて、いつ来てもいいといわれました。本当にありがたかったです。道具はすでにあります、雑費は紙代と墨代等です、母に話したら、大変喜んでくれました。そのおかげで半月前から、母はパチンコをピッタリと辞めました。実は、母は、このままではダメ人間になる、いつ辞めようか、いつ辞めようかと思っていたそうです。よかったです、本当に良かったです。課長、心配はご無用です!」
「この話、早とちりの、遊び人の石田に聞かせてやりたいね」(女課長)
「森田君、石田君を呼んできなさい!」(女課長)
「ハイ!」
・・・・・
「あれ、帰ったそうです」(森田)
コメント