🐟おとなの童話
「クジラ帝国とコバンザメ小国の悲劇」
むかしむかし、
大海原の東の端に、コバンザメ王国という「小さな国」がありました。
この国の民は、泳ぐことは得意でしたが、
嵐に立ち向かう力は持っていませんでした。
そこで王国は、はるか沖を悠然と泳ぐ
巨大なクジラ帝国の腹に、そっと吸盤をくっつけて生きることにしたのです。
「これで安心だ」
「波風にさらされずに済む」
「餌のおこぼれも、十分だ」
王も大臣も、胸をなで下ろしました。
コバンザメ王国には、立派な憲法がありました。
そこには、こう書かれていました。
「我が国は、平和を愛し、
争いを永久に放棄する」
民たちは誇らしげでした。
なにしろ、戦わなくていいのですから。
ただし――
憲法の「小さな脚注」には、こうもありました。
「ただし、泳ぐ方向は、
クジラ帝国の進路に従うものとする」
誰も、その脚注を声に出して読みませんでした。
ある日、若いコバンザメが王に尋ねました。
「陛下、
もしクジラが『戦いの海』へ向かったら、
我々はどうするのですか?」
王は、にこやかに答えました。
「その時は、
戦っていない顔をすればよい」
「噛みつかず、
しかし離れもせず。
それが我が国の伝統だ」
若者は首をかしげましたが、
周囲の大人たちは、こう言いました。
「現実を知らぬ理想論だ」
「国を守るとは、賢く寄り添うことだ」
やがて、
クジラ帝国が怒り、尾を激しく打ち始めました。
海は荒れ、他の魚たちは逃げ惑いました。
コバンザメ王国の民は、
必死に吸盤を強くしました。
「離れるな!」
「離れたら死ぬぞ!」
そのとき、
クジラが低く、こうつぶやきました。
「……重いな」
次の瞬間、
一匹、また一匹と、
コバンザメが振り落とされていきました。
海の中で、
初めて自分の力で泳ぐことを
思い出した者もいました。
しかし、多くは、泳ぎ方を忘れていました。
嵐が去ったあと、
海の底に残ったのは、
吸盤だけが立派なコバンザメたちでした。
生き残った若者は、
静かにこう言いました。
「守られていたのではない。
使われていただけだ」
「平和を選んだのではない。
思考を放棄していただけだ」
その後、コバンザメ王国は、
小さくても、
自分のヒレで泳ぐ国へと生まれ変わった――
という記録は、
まだ、未来の歴史書には載っていません。
なぜなら、
この物語は、
いまも続いているからです。
🌊 おしまい(…では、ない)
「寄り添うことと、依存することは違う」
「平和とは、誰かの腹の下で眠ることではない」
☆ ☆ ☆
黄輝光一は、こう思います。
独立した国家とは、大国の軍隊によって、守られているのではなく、本当の独立国家とは、自前の「他国に負けないような強力なる軍隊を持つことです」。
実は、私は、まったくそのようには思っておりません。
さて、それは、どういう意味でしょうか?
力の論理。
世界の平和は、核による均衡によって、保たれる。
世界の平和は、軍事力の均衡によって、保たれる
未だ、人類は、「そのレベル」だということです。
☆ ☆ ☆
🐟おとなの童話・続編
「コバンザメ小国 ― 本当の平和へ」
コバンザメ王国は、
ある日、クジラ帝国の腹から、
そっと離れました。
それは、
決裂でも、宣戦布告でもありませんでした。
吸盤を外すとき、
王は、ただ一言こう告げただけです。
「我々は、
もう“恐怖”では泳がない」
世界はざわめきました。
他の魚たちは言いました。
「では、お前たちは、
どんな武器を持つのだ?」
王国は答えました。
「持たない」
「では、どんな軍隊を?」
「持たない」
魚たちは笑いました。
「それで国が守れるものか」
「理想論だ」
「いずれ、飲み込まれる」
コバンザメ王国は、
それでも静かでした。
彼らは、
軍事費を持ちませんでした。
その代わりに――
- 子どもたちに
“恐怖ではなく、考える力” を教え - 大人たちに
“奪わず、分かち合う技術” を磨かせ - 国として
“どの陣営にも属さない勇気” を選びました
王国は、小さな声で、
世界に向けて言いました。
「我々は、
あなた方の敵ではない」
「しかし、
あなた方の武器の後ろ盾にもならない」
最初に変化が起きたのは、
皮肉にも、クジラ帝国の内部でした。
「なぜ、
あの小国は、
我々を恐れないのだ?」
恐れない相手に対して、
力は、使いどころを失います。
核も、軍艦も、
“抑止”の理由を失ったのです。
やがて、
他の小魚たちが、
一匹、また一匹と、
コバンザメ小国の周りに集まりました。
彼らは、
同盟を結びませんでした。
条約も、軍事協定もありません。
ただ、
「攻撃しない」
「支配しない」
「従属しない」
その三つだけを、
互いに約束しました。
世界は、まだ変わっていません。
核は存在し、
軍事力の均衡が、
かろうじて平和を保っています。
人類は、
まだ、そのレベルです。
しかし――
歴史書の片隅に、
こう書かれる日が、
いつか来るかもしれません。
「ある小さな国が、
力によらない“別の現実”を、
静かに生き始めた」
🌊 おしまい(…では、まだない)
平和とは、「恐怖に支配されないことだ」
「力の均衡は、
争いを延期するだけ」
「思考の成熟だけが、
争いを終わらせる」
コバンザメ小国は、
今日も小さく、
ゆっくり泳いでいます。
誰かの腹の下ではなく、
自分のヒレで。

