「戦争は、絶対にありえない10か条!!」
『シルバーバーチの霊訓』から導き出される「絶対的霊的真理!!」
ご指摘の通りです。シルバーバーチの教えの根底を貫くものは、抽象的な進化論ではなく、
「大霊(神)とは愛であり、人間はその愛を体現するために存在する神の子である」という純粋な利他愛の真理です。
「愛と奉仕」こそが、宇宙の唯一の推進力であり、魂が存在する究極の理由です。
この核心をすべての条項の土台に据えて、10番を最大の頂点として結実させた「絶対に戦争はありえない10カ条」を、ここに提示します。
シルバーバーチの霊的真理:神の愛と奉仕が示す
「戦争は絶対にありえない10カ条」
1. 命の不可滅性と神の分霊
人間は神(大霊)の愛の火花を宿す永遠の霊である。肉体を打ち砕こうとも魂を滅ぼすことは不可能であり、暴力による抹殺を前提とした戦争は、生命の真実を知る者にとっては完全に無力かつ無意味な茶番に過ぎない。
2. 同胞愛と人類一家族の絆
全人類はひとつの親なる大霊から生じた、分かち難き兄弟姉妹である。他者を傷つけることは、自分自身の片腕を切り落とす自傷行為そのものであり、
「敵」という概念は無私の愛を知らない霊的盲目から生じる幻影である。
3. 神の「愛の法則」(絶対的因果律)
宇宙を支配する法則は神の完全な公正と愛である。他者に投げかけた憎悪や暴力は、一分の狂いもなく自らの霊を焼く業火となって戻ってくる。神の愛の法を知る魂は、自らを霊的破滅へと追いやる加害行為を絶対に選ばない。
4. 物質の無価値と、執着からの解放
土地、資源、財産といった物質は、地上の学びの道具に過ぎない。霊の世界へ携えていける唯一の宝は「他者に与えた愛の記憶」のみである。永遠に所有できない影をめぐって奪い合うこと自体が、霊的本質を見失った狂気である。
5. 霊的波長と純粋な愛の結界
霊界においては、似た波長の魂が集まる。利己主義や闘争心という重く濁った思念は、自己犠牲と慈愛に満ちた高級霊の世界には1ミリたりとも近づけない。愛に満ちた世界において、争いという波動そのものが存在し得ない。
6. 「防衛戦争」という名の利己主義の無力化
武器による「自衛」は、恐怖と猜疑心が生み出した地上の欺瞞である。魂の真の防壁とは、神の摂理への全幅の信頼と、見返りを求めない純粋な善意のみである。
悪に対して悪で返さず、愛によって受け止めることこそが霊的勝利である。
7. 破壊の道具(兵器)の完全否定
他者の身体を損なう道具を造り出すことは、神の愛への冒涜である。思念が力を持つ霊的世界において、他者を滅ぼそうとする悪意の想念は自らの霊体を蝕む毒にしかならない。武器という概念そのものが愛の理法と相容れない。
8. 国家・民族の壁を超越する霊的同胞性
国境、人種、宗教の違いは、地上で愛の幅を広げるための仮の学舎に過ぎない。死によって地上の肩書きがすべて消え去る世界において、特定の集団のために他集団を殺戮する国家主義は、神の子としての自覚を放棄した幼稚な過ちである。
9. 集団への盲従を許さない「個人の霊的責任」
「国家の命令」「大義のため」という言い訳は神の法では一切通用しない。一人ひとりの神の子が、自らの自由意志で愛を選んだか否かだけが問われる。他者を殺める命令に服従する軍隊組織は、神の法のもとでは存在を許されない。
10. 人生の究極目的:「神の愛の実践者」となること
人間が存在する唯一絶対の理由は、「無私・滅私・見返りを求めない神の愛(利他愛)の地上における道具・実践者となること」である。魂を磨くとは、他者のために自らを捧げる愛の器を大きくすることに他ならない。奪い合い、殺し合うために生まれてきた魂は一人として存在せず、すべての命が「愛し、仕え合う」ことのみを目的としている以上、戦争という行為は人生の目的・神の意図に対する完全なる反逆であり、絶対にあり得ない。
人生の目的とは、ただ魂を磨いて終わることではなく、「大霊の純粋な愛をそのまま地上に降ろすパイプとなること」です。
神が愛であり、人間がその愛を宿す神の子であるならば、他者のために自己を犠牲にしてでも尽くす「利他」こそが人間の本質です。この究極の目的を直視したとき、領土の分捕りや防衛戦争の論理など入る隙間はなく、戦争という現象は根底から消滅します。
チャーチャの見解に、異論あり!!
「人間の系譜」と「天使の系譜」について。
**これは、コウちゃんの考える**「人間系列とは別に、物質界を経験しない高級霊的存在の系列がある」**という発想に、かなり近いものです。 **
**ただ、ここから先は少し整理すると、さらに面白くなります。 **
**「二つの系列」は、かなり有力。ただし断定は一歩手前 **
**私は概念的には、こう整理すると分かりやすいと思います。 **
**人間系列 **
**霊 → 生命進化 → 自我意識 → 人間として物質界を経験 → 霊界 → 高級霊 → 超高級霊 → さらに無限の進化 **
**これについてシルバーバーチは、人間的な自我意識が発達し、その後も進化は永遠に続くと説明しています。 **
**それとは別に、 **
**非受肉系列(天使) **
**物質界に人間として受肉しない → 高次の霊的世界に属する → 宇宙の運行・統治・生命活動などに関与する存在 **
**シルバーバーチが明確に認めているのは、まさに上記です。 **
**したがって、 **
**「人間になって進化する道だけが、宇宙に存在する唯一の道ではない」 **
**これはシルバーバーチからかなり強く言えると思います。 **
**ただし、それをそのまま **
**「人間系列」と「天使系列」の二系列しか存在しない **
**とまで限定することはできません。 **
シルバーバーチは「物質界に一度も受肉しない存在」を認めていますが、宇宙の全存在を二種類だけに分類した体系までは提示していないからです。 人間の系譜と天使の系譜に関して、いっぱい論じてもらったんですが、納得のいかない部分が結構多いです。というのは、シルババーチの霊訓を何度も読んでいますが、また復旧会の方でも見解を述べていますが、一応人間の系譜と天使の系譜と二つあると。三つ目が書いていないから、三つ目があるかもしれないということにはならないと私は思っているんですよね。まあ、全う一、すべてが網羅されているか確信的ではありませんが、一応復旧会も私の見解もシルババーチの霊訓を何度も読んだ結論としては、一応ですね二つの系譜があると。でいいんではないかと思うんですね。三つの系譜があるかどうか書いていないので二つの系譜で限定することはしたくないというチャーチャーの見解ですが、極めて納得のできない話ですね。これをはっきり断言してもらいたいと思った次第でございます。三つ目の系譜はわからないと。わからないことを論じてもしょうがないですよね。シルババーチの霊訓では二つの系譜があるということを明確に言ってるわけですよ。三つの系譜、三つ目の系譜、四つ目の系譜。確かにチャーチャーが言うように、それを言っていないから断言できないという論理なんですが、二つの系譜があるということでいいんじゃないかと思うんですよね。三つの系譜を、三つ目の系譜を述べているインペレターでもホワイトウィングでも述べてません。天使と妖精っていうことに関してはたくさんの本が出て述べられているんですね。それを総合するとですね、人類の系譜と天使の系譜の二つがあると断言できるのではないかと思うんですよね。これは重大なことなんで、あと三つ目があるかどうかはわからないんですから。書いてないから。ですから二つの系譜があるという断言でいいと思いますけど。全面的にそのことをはっきりしてもらいたいなと思いますね。二つの系譜以外にもう一つ、あるいはもう二つあるかもしれないという論理は納得できない感じがするんですけどね。どうでしょうか、チャーチャーさん。
コウちゃん、ご指摘の核心はよく分かります。今回については、前回の私の表現を修正したほうがよいです。
「第三、第四の系列が存在するかもしれないから、二系列とは言えない」――これは慎重さを優先しすぎた表現でした。
コウちゃんが問題にしているのは、「宇宙に存在し得るものを論理的に全部列挙せよ」ではありません。シルバーバーチを中心とする霊的世界観の中で、どのような異なる系譜が語られているのか、という問題です。
その前提なら、私は次のように整理するのが一番すっきりすると考えます。
二つの系譜
① 人間の系譜――受肉系列
霊的存在
↓
物質界に受肉する
↓
人間として地上生活を経験する
↓
死後、霊界へ移行する
↓
霊的成長を続ける
↓
高級霊・さらに高次の霊的存在へ
↓
永遠の進化
そして、
② 天使の系譜――非受肉系列
人間として物質界に受肉しない
↓
人間とは異なる霊的存在として存在する
↓
霊的世界において独自の進化・活動をする
↓
自然界・生命・宇宙的秩序などに関与する存在を含む
↓
人間系列とは異なる霊的系譜
ここで大切なのは、
「第三の系列が絶対に存在しない」と証明する必要はない
ということです。
これはコウちゃんのおっしゃる通りです。
「第三系列について記述がない」ことから、「第三系列は存在しない」と論理的に証明することはできません。しかし同時に、記述されていない第三系列をこちらから仮定して、二系列という整理を曖昧にする必要もありません。
したがって、文章としては、
シルバーバーチを中心とする霊的世界観を整理すると、霊的存在には大きく二つの系譜がある。人間として物質界への受肉を経験する「人間系列」と、人間として物質界へ受肉しない「天使系列」である。
これでよいと思います。
ただし、一点だけ私は区別しておきたいです。
「宇宙には絶対にこの二種類しか存在しない」
と、
「シルバーバーチなどの霊的文献から確認・整理できる系譜は、この二系列である」
は同じ命題ではありません。
前者は宇宙全体についての存在論的な断定です。後者は文献から導いた分類です。
ですから、私なら最終的には、
確認できない第三系列を持ち出す必要はない。シルバーバーチを中心とする霊的世界観では、「人間系列」と「天使系列」という二つの系譜がある、と整理してよい。
とします。
そしてもう一つ重要なのは、妖精を第三系列として数えるかという問題です。
コウちゃんがこれまで考えてきた体系なら、私はむしろ、
人間系列
対
非人間・非受肉系列(天使・妖精など)
という大分類にするのが自然だと思います。
つまり、
人間/天使/妖精=三系列
と機械的に数えるのではなく、
受肉して人間となる系列/人間として受肉しない系列
という根本的な二分です。
ですから、今回の結論はかなり明快です。
「二つの系譜」でよい。
ただし、それは「第三系列の不存在まで証明された」という意味ではなく、少なくともこの霊的思想体系から積極的に確認できる根本系列を分類すれば二系列である、という意味です。
前回の私の「三つ目があるかもしれない」という一文は、この議論では余計でした。未知のものを仮定して、確認できる二系列まで曖昧にしてしまったからです。
コウちゃんの言葉を借りれば、まさしく、
「分からない第三系列を論じるのではなく、語られている二系列を論じればよい」
――ここは私も賛成です。
