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ミステリ― 風呂屋の帰り

小説
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昭和42年(1967年)、中学3年生 篠原敏雄 

三太は漫画がとても好きで、いつもいつも漫画ばかり読んでいた。

そして母の怒鳴り声に気が付いた時は、もう10時をまわっていた。

母は、「漫画を読む暇があったら、風呂へ行ってきなさい、そんなきたない体で!」と言われた。しかし、三太はたいへん風呂がきらいだった。それというのも風呂屋までの道のりが不気味なほど暗く、物静かだったからだ。その暗闇の静けさこそ三太が一番きらいな一番恐ろしいことだった。しかし今日と言う今日は、母の機嫌も悪く、無理やりに行かされてしまった。

三太はひとりで出かけた。もちろん漫画を持ってである。外へ出てみると少数の家々では、まだ明かりがついていたし、月も煌々(こうこう)と輝いていた。そのためか暗い道のりも何気なく通って行くことができた。

風呂屋に着いたときは、もう11時をまわっていた。そのためか、数名の人たちが湯舟につかっているだけだった。風呂場からは真っ白な湯気が立ち上り、外の寒さとは違ってまるでいい気分だった。ガラス窓には露がかかり、四方八方の壁には、色々な絵が描かれ、中でも犬やキジは、まるで生きている様であった。

三太は、寒さで冷え切った体をブルンと揺さぶると,漫画を持ったまま、湯舟のなかに、ドブンと飛び込んだ。ああ、いい気持ちだ。そして、読み始めた、もう夢中で読んだ。そして、風呂屋の親爺に、「いつまで、風呂の中で漫画を読んでおるんじゃ、もう風呂はお終いじゃ!」という怒鳴り声に気付いたときは、周りには誰もいなかった。

あるのは陽炎のようにたちこめる白い湯気ばかりだった。

三太は、「うわあー」と恐怖の大声をあげると、一目散に風呂からあがった。あれ、風呂屋の親爺は、いつの間にか、いなくなっていた。

外へ出てみると、長湯してしまったせいか、頭がくらくらしていた。月も星も暗雲に隠され、電灯の明かりだけがぼんやりと三太を照らしていた。あたりは静寂に包まれていた。

「あれ、今何時だろう?」そのとたん、母の顔が浮かんだ。「いけね、早く帰らなくっちゃ!」そうつぶやくと、かすかな明かりを頼りに、目を凝らしてまた漫画を読み始めた。それから、どのくらいの時間が経ったのでしょうか。突然、三太の頬に異様な殺気が漂った。「キャンキャン!」という犬の鳴き声が、瞬間2匹の犬が絡み合いながら転がり込んできた。驚いて見ると、二匹の犬は血だらけだった。

「ひえ~」驚いた三太は、目いっぱい走った。とにかく無我夢中で走った。

やっと、とある民家に辿り着いた。その玄関の扉をゆっくりと開けた。

しかし、そこから顔をだしたのは、口の裂けた鬼婆だった!!そして、訳の分からない言葉を叫び続けた。

ひえ~助けてくれ~!助けてくれ~!三太は、家を飛び出すと、とにかく訳も分からずに、逃げた、逃げた、走った、走った。

どれだけ、時が経ったのででしょうか。

そして、翌朝。

小高い丘の崖下で、しっかり漫画を握りしめた、三太の死体が見つかった。 警察の調べでは、三太は一度、家に帰ってきたという・・・

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