『告白~よみがえれ魂~』の中の短編小説です。
ライバル会社である、タカホ食品の豚肉加工偽装問題が発覚。
当社「丸東ハム」に大チャンスが訪れた、
それに伴い丸東ハム(株)は今期の食肉計画の大幅な見直しが進められ、人事異動も行われた。
増豚の具体的な数値は、豚殺数100万「豚」の増産計画である。
このチャンスは、まさに食肉加工業界のNO1になる千載一遇のチャンスと思われた。
<新橋、酒処「とん丸」にて>
「佐伯(さえき)部長!!おめでとうございます」
「全然、おめでたくないよ、これは、何かの陰謀だよ」
「えええ、どういうことですか」
・・・・・
「経理部課長からの大抜擢、食肉管理部部長。すごいですよ。管理部は花形です、定年1年前のご褒美ですよ、花道、最高です!
え~と、俺「豚汁」、部長は何にしますか?・・
・・失礼しました。部長は、野菜炒めでしたね」
「おいおい、前みたいに、豚肉が紛れ込んでいないだろね」
「あれねえ、肉野菜炒めでしたね。豚肉だけを取ったらいいじゃないですか、と言ったら「豚汁が染み込んでいるからダメだ」って作り直させた。ウルトラ、ベジタリアン、筋金入りですね。肉屋の息子の肉嫌い、ハムを食べないハム部長、いやいや、心底、本当に尊敬しています」
「俺の目の前で、おいしそうに豚汁食って、とても尊敬しているとは思えないね」
「いいじゃないですか、ここは「とん丸」です。会社の子会社ですよ」
「ところで、前回の『ありんこの話』感動しました。10才の時、いつも観察していた大好きだった「ありんこ」の大行列、誤って踏んづけて、1日中わんわん泣いて、しかも今もそれがトラウマなっている、純粋というより天使のこころですね、俺はそんなこと考えもしないし、いつも平気でバンバン踏んづけていました。大量殺人です。いや違います、そんなことまったく気にしていなかったということです」
「人間は、やりたい放題に動物を殺している。食肉だけじゃない、毎年何億という動物たちが、人間の身勝手な行為で残酷に殺されている。俺には、それが納得できない。許されることではないと思っている」
「部長は、たんなる自分の健康のためのベジタリアンではないということですよね」
「あの、愛らしいイルカさえもたくさん殺されている.」
「まあ、そのくらいにしておきましょうよ」
「部長、豆腐はどうですか」
「肉豆腐はだめだよ、冷やっこ」
ところで、来週の部長の就任して、一番最初のお仕事『100万豚、増殺の件』、もちろん、部長、気持ちよく事業計画書に「判」を押すんでしょ」
・・・・・
「押さないよ!」
「えええええ・・・・・」
「私は、動物たちを愛しているんだ。動物たちが本当にかわいそうだよ」
「もう、決まっている事ですよ、タカホが、ずっこけて、わが社の大チャンス到来、豚の100万増殺の数値も、理事会でも暗黙に内定している既成事実ですよ」
・・・・・
「君は、と殺の現場を見たことがあるのか」
「ないです」
「ちょうど、この会社に入ってから、5年目、27才の時だった、下請けへの視察があったんだ、視察コースにはなかったけど、俺は、ひとりでかってに豚舎に忍び込んで見てしまったんだ、
そこで世にも恐ろしい光景を見てしまった。おぞましい光景だった。
こんなことは、絶対に、絶対に、人間がすることじゃない。今でも思い出したくない光景だ。それから一切肉を受け付けなくなった、もう二度と食べられなくなった。その時は、本当に会社を辞めようと思った」
「部長、部長!お酒、お酒、ぐっと、ぐっと、行きましょう」
「どうしちゃたんですか、部長」
「部長、本当に、大丈夫ですか・・・」
・・・・・
「俺は、ずっと、ずっと、経理課にいたかった・・・
課長のままでいたかった。経理課が大好きだった・・・」
「あれ、部長、泣いているんですか」
「部長、ただ、上がってきた書類に、ポンと判を押すだけですよ。一番簡単な仕事です」
「俺にとっては、史上最悪の仕事だよ、悪夢だよ」
「部長、正気ですか!
本社は、ただ、子会社に命令するだけ、実際にやるのは下請けの下請けですよ。末端ですよ。
何も心配はありませんよ、悩む話しじゃ、全然ありませんよ。子供じゃないんですから」
・・・・・
「俺は、絶対押さない!絶対に押さない!」
部長、並々と注がれた八海山を、一気に、飲み干す。
会社は大混乱。佐伯部長更迭(こうてつ)。
部長の在籍期間はたった3か月。定年を待たずして59才と6か月で自ら職を辞する。
そして、変わって、1か月後、新任、丸田氏の就任祝賀パーティが焼き肉「天寿苑」にて盛大に行われた。
≪丸田部長のご挨拶≫
本日、お集りの皆様、新任部長の「丸田」でございます。
佐伯氏は、前代未聞の職務放棄、まったく不可解な信じられない暴挙により自ら職を辞しました。
彼が、生粋のベジタリアンであることはよく存じております。
個人的な趣味趣向は自由ですが、ただし、わが社は食肉会社です。
大変な心得違いをしておりました。非常に残念なことです。
わが社は最大のチャンスを逃しました。
しかし、まだチャンスは続いております。私は、当初予定の100万豚殺、増産計画を思い切って、更に200万豚殺に増やすことにしました。ここに宣言いたします。
この更なる増産に豚殺しの「豚丸」とか、見ての通りのまん丸の豊満体形から「共食いの丸田」などと揶揄されているようですが、おおいに結構。
私はまったく気にしておりません
これもわが社の安全でおいしいお肉を多くの人に腹いっぱい食べてもらいたいからです
最大の思いは、わが社の大いなる発展、それは食文化への貢献であり社会貢献でもあります。そして、めざすは年頭の辞で社長が掲げた、食肉業界ナンバーワンの奪還です。
先日、テレビで出家なされた瀬戸内寂聴さんが90才のご高齢にもかかわらず、500グラムのステーキをペロリとお食べになるそうで、お肉はまさに元気の源だとおっしゃっておられました。年齢に関係なく人間にとっては最も大切な動物性たんぱく質であり、それは改めていうまでもなく科学的にも十分立証されております。
動物たちは人間の為に命をささげております。
私たちは動物たちのおかげでこうやって生かされております。
そのことを片時も忘れてはいけません。
仏に使える僧侶の方々もお肉をおいしくいただいているのが現実です。
日本の仏教界の共通の認識、
大僧正は、「私たちは動物たちの命をいただいている、動物の魂をいただいている。食事の前には手を合わせて『ありがとう』の感謝の心を決して忘れてはいけない」
とおっしゃっております。
ここに、増産計画のご報告と、もう一度先代創業者のお言葉「動物たちへの、ありがとうのこころ」を、私の就任の最後の言葉とさせていただきます。
佐伯部長のお別れのことば
この度は、多大なる混乱と増産計画の大遅延、誠に申し訳ございませんでした。『君の考えは間違っている』と、社長をはじめ、多くの方々から叱責されました。
すべて、私の不徳といたすところでございます。部長就任前に辞退すべきだったのかもしれません。本来、入ってはいけない会社に入ったのかもしれません。
しかし、この自らの行為によってもたらされた結末、退職という結果には、まったく悔いはありません。だが、残念ながら、更なる増産には納得がいきません。とても悲しい思いです。
最後に、ぜひお話したいことがあります。
一昨年、東日本大震災があり、わが社の下請けであります、宮城、岩手、福島県に多くの畜産農家を抱えております。そこには、何百万頭という豚や牛が飼われております。津波により、2万人という尊い命が奪われました、しかし、同時に多くの尊い動物たちも、命を失いました。
テレビのインタビューで、ある食肉会社の社長が、無残にも、流されて崩壊した牛舎を指さして訴えました。
「残念です、悲しいです、多くの牛が死にました。私たちはこれからどうやって生きていったらいいのでしょうか!予定では、6か月後には、皆様の食卓にお届けできたはずなのに、その牛はもういません、本当につらいです。悲しいです」
テレビ画面が変わって、牛舎の『塀』も何もかもが無くなった荒涼たる原野が見えました。なんと、遠くには、生き延びたのだろうか、草をはむ、5、6頭の元気な牛の姿が見えるではありませんか!確かにやせたように見えるが、私には「生きよう」と一生懸命に草を食べている様に見えました。
「よかったじゃないか、人間に食われなくて」
「君たちは、今、解放されたんだ!」
「生きるんだ、生き続けるんだ!」
私はそう思いました。
やはり、私の頭がおかしいのでしょうか、
私は、今、大きな声で叫びたい、
『動物たちに愛を!』
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