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新ピック 〔ピックとチャッピー〕 黄輝光一

小説
この記事は約16分で読めます。

僕の名前は、ピックです。

よくピッグと間違われます。

自分で言うのもなんなんですが、とてもかわいい子豚です(みんなが、いつもそう言ってくれます)。この農園の、みんなの人気者です。

実は、この世の中には、豚さんはたくさんいるらしいのですが、僕は他の豚を見たことは一度もありません。なぜって、この農学校には、豚は僕しかいないからです。みんなの話では、赤ちゃんの頃、となり村の牧場からやってきたそうです。

子供(生徒)に、「お母さんは、どこにいるの」と、聞かれたことがあります。僕は、「いません」と答えました。それ以上、答えようがありませんでした。

春になると、満開の桜が、とてもきれいです。空は、青く晴れ渡っていました。僕は大きく深呼吸しました。

僕は、本当のしあわせ者だ。

食べて寝る、寝ては食べる、ごろごろしていて、怒られたことは一度もありません。

時々、申し訳なく思います。

ここには、約46名の子供たちがいます。6歳から12歳まで、みんな本当に優しくて親切です。時々、僕の体を、やさしくなでてくれます。鼻水を垂らしていたら、カゼをひいたのかな、と、すごく心配してくれました。

今の体重は、45キロです。みんなが僕の健康のことをいつも気にかけてくれています。まあ、この農学校のたった一人の豚だからと思います。

僕の一番の理解者は、やはり校長先生の「ヤマダ」さんです。そして僕の健康管理は、教務主任の「キムラ」さんです。そして、いつも、いつも、毎日、毎日、欠かさず、一日3回、おいしいお食事を持ってきてくれるのが、お食事係の「ミタ」さんです。

ミタさんは、たくさんのおイモやリンゴや、またみんなが「ザンパン」と言っている混ぜご飯のようなものをくれます。ほめてもらえるように、なんでもかんでも、どんどん食べました。ある時、異臭を放つ腐ったリンゴをたべて、生まれて初めて下痢をしました。わざわざ、となり村から、お医者さまを呼んできて診察していただきました。お薬をいただきました。その時、僕は、みんなに大切にされ、本当に愛されているのだと思いました。

秋の終わりには、子供たちは、樫の木のたくさんの「どんぐり」を代わる代わるもってきてくれました。食べてみました。ガリっとして意外と美味(びみ)でした。

ある日、ミタさんは、これが僕が自宅で朝食に食べているものだと、わざわざ持って来てくれました。味わうようにゆっくりと食べました。僕の大好物のトウモロコシ入りの「ポテトサラダ」。もう、両ほほから「よだれ」がいっぱい出るほどおいしいかった。人間さまは、こんなうまいものをいつも食べているのかと思うと、少しうらやましく思いました。

そうだ、ここで、一番、一番、大切なことを言い忘れていました。

これは、校長先生から、絶対に、絶対に、硬く、硬く、口止めされていることです。実は、僕が生まれてから6か月たった頃、校長先生には、本当にいつもお世話になっているので「ありがとう」と言いました。突然、口から出てきた言葉です。なぜ出てきたか、自分でもよく分かりません。気が付いたらそう言っていました。

校長、キムラさん、ミタさんの3人が、びっくりして、すぐさま、僕を取り囲みました。いっぱい質問を受けました。

3人が言うには、僕は「しゃべれる豚」だそうです。しかも「知恵」と言うものがあるらしい。校長先生は、「困った、困った」と頭を抱えて教室の床にうずくまってしまいました。

みんなが言うには、僕は「動物」という生きものらしい。そして、みんなは「人間」という生きものらしい。「しゃべるのは人間だけ、豚は、本当は喋ってはいけないらしい」

このことは、今ここにいる4人だけのヒミツだよ、他の先生にも、「ブーブー」だよ、子供たちにも、今まで通り「ブーブー」だよと念を押されました。「そうでないと、大変厄介なことになるからね」と言われました。僕は、「ブー」と言いました。まあ、ブーブーは、僕のお家芸だからね、まったく苦にはなりません。時々「ブーブーブブブ、ブブブ、ブブ」とわざと変な抑揚をつけて、子供たちを大笑いさせています。僕は、子供たちを笑わせるのが得意です。

校長先生は、人間は、動物よりはるかに偉いんだよと説明してくれました。また、「人間には、絶対に逆らってはいけない、どんなことがあっても言われた通りにしなければいけません」と言われました。僕は「ハイ」と答えました。すぐ「ブー」と言い直しました。

僕は、この農学校から、50mぐらい離れた巨大な樫の木の下の、2メートル四方の四角い囲い(鉄格子)の中にいつもひとりでいます。

子供たちは時々、監獄(かんごく)といっております。きっと、いい言葉ではないのでしょう、なぜならそのあと決まって、顔を見合わせてクスクスと笑っているからです。

この世界が、僕の世界です。すばらしい世界です。それ以外の世界のことは、僕は知りません。

最近、ちょっと狭くなったように感じました。ミタさんは、僕が、食べ散らかし、何もしない超グータラなのを知っていて、朝一番に来て、お部屋をいつも隅々まできれいにしてくれます。ありがたいことです。

でも、一言だけ言うと、これは最近、「知恵」なるものが益々付いたせいかもしれませんが、人間さまは、いいなあと思うことがよくあります。いつでも、どこでも好きなところへ行けるからです。僕は勝手に動くことはできません。校長先生は、「人間」と言うときには、呼び捨てはダメです。「さま」をつけなさい、と言われています。

朝、昼、晩、三食お昼寝つきで、狭いながらも雨露をしのぐお家があり、毎日おいしいものをお腹いっぱい食べさせていただいて、人間さまは「お仕事」なるものをしないと食べられないそうなので、贅沢は言えません。もう、本当に感謝です。

いつも寝てばかりですから、最近かなり太り気味です。

でも、どうも、みんなは、僕が大きくなることが、たいへん楽しみのようです、なぜか、それが生きがいのように見えます。不思議です。とても不思議です。

最近、こんなことがありました。主任のキムラさんは、健康のためには多少の運動も必要だと言っています。唯一、午後の一時間、広い農場で、僕は子供たちと、ふざけ合いながらブーブーブーと追いかけっこをしています。ほんとうに楽しい時間です。

10月中旬、かなり寒い日でした。超、汗っかきの太りすぎの僕には、ちょうどいい寒さでした。いつにもまして、子供たちと鬼ごっこをして、農園内をめいっぱい走り回りました。楽しかったけど、かなり疲れました。終わったころ、突然、主任のキムラさんがやってきました。僕の体を、三か所ほどさすっては押して、「走り過ぎも、健康には良くないよ、お肉がだいぶ固くなっているね」と言われました。

心配してくれて・・・でも、その時、その言葉の本当の意味を、僕は分かりませんでした。

木枯らしが吹き、枯れ葉が舞い散る11月になりました。

毎月の、第一週の月曜日は、校長先生、主任のキムラさん、ミタさんの3人全員がそろう、「健康診断」と「体重測定」の日です。僕は、ミタさんに連れられて、1階のアルコールがツーンと鼻を突き刺すような臭いがする「理科学教室」に入りました。

3人が、僕を真剣に見つめています。

キムラさんは、僕の大きくなった体を、信じられないほど、なめるような鋭い目付きで見ていました。いつものキムラさんじゃない!おかしいと思いました。なにか身に迫る恐ろしい緊張感を感じました。

きっと、何かがある!

キムラさんは、校長に促されるように、体中をあっちこっちなで回した後、突然、何か所も思い切り叩きました。僕は「痛い」「痛い」と叫びました。

体重測定ケージに押し込められました。

「入りたくない、入りたくない、ひどい!ひどい!」と叫びました。

「お~、110キロだよ、110キロだよ!」とキムラさんは、喜びながら大声で叫びました。

そして、その後の、小さなひとり言を、僕は聞きのがしませんでした。

「うまそうだねえ~」

僕は、体全体が、激しく、痛いほど震えました。崩れ落ちそうになりました。

さらに、校長先生が、続けました。

「謝肉祭には、間に合うかな?」

「間に合いますとも」キムラさんが続けました。

3日目の午後、

大雨のため、今日の運動会は中止。子供たちは、全員、一番広い学習A教室に集まりました。僕は、なぜか、初めて「首輪」を掛けられて引っ張られて、教室に入りました。

キムラさんは、子供たちの前で言いました。

「いいご報告があります。ピック君の体重が、100キロを超えました、110キロです!」

子供たちから、大きな歓声が上がりました。みんなが立ち上がりました。

みんな拍手をしました。

「本当に、大きくなったね」

「よかったね」

「すごいね」

「もう、そろそろだね」

「でも、お別れは、さびしいね」

無邪気な笑い声が、あちらこちらで聞こえました。

僕は、その場で卒倒しました。

もう、食べたくありません。

ずっと、ずっと、食べないことに決めました。

☆  ☆  ☆

その日の夜は、一睡も眠れなかった。

ぼくは、全身の力が抜けた。

僕は、ベッドに横たわっている麦わら帽子の藁ぶきをたくさんかき集めて、体をおおった。

それでも、激しい悪寒に身震いした。

悲しくて、涙が止まらなくなった。

「どういうこと」

「夢だよね」

「そんなこと、ありえないよね」

「何かの間違いだよね」

だって、

「ぼくは、みんなに愛されている」

「ぼくは、校長先生にも、キムラさんにも、ミタさんにも、こどもたちにも、いっぱい愛されている」

「これは、ウソだよね。夢だよね」

しかし、涙はあふれるように流れてきました。

朝明けのひんやりとした空気が漂ってきて、いつものように「鉄格子」の間からは、たくさんの陽光が眩いばかりに差し込んできた。

☆  ☆  ☆

その時

目の前に、かわいい丸い目で、ぼくを見つめるチャッピーがいた。

チャッピーは、僕が生まれてこの農場に来る前から住んでいた野ネズミだ。

ごく普通の小さなネズミです。目だけが愛らしくクリクリしていて、口はとがっていて、とにかく動きがうらやましいほど素早かった。

そして、ここへ来る唯一の目的は、僕の残した「食べもの」です。必ず毎日やって来ます。

ミタさんはネズミを見つけると、怒ったように、ほうきを持ち出して追っかけ回しました。けれど、チャッピーは一度も捕まることはなかった。

僕は、ここへきて6か月経った頃、「知恵」がついてしゃべれるようになって、この憎めない野ネズミに「チャッピー」という「かわいい名前」を付けてあげました。僕の名は「ピック」。彼の名前は「チャッピー」です。もちろん「チャッピー!チャッピー!」と、何度話しかけても残念ながらチューチューというだけで、人間の言葉は返ってきませんでした。無口な、しゃべれないかわいいネズミです。でも、彼が、2,3日いなくなると、ものすごく心配になりました。いつの間にか、僕たちは心から通じ合えると思う程仲のいいお友達になっていました。

人間さまにとって、ネズミは嫌われ者ですが、長く付き合っていると、本当に憎めない、いいやつなのが分かります。彼がしゃべれたら、どんなに人生は楽しいことでしょう。

そして、一番うれしいのは、夜、寝る頃になると彼は、いつの間にか現れて、隣で一緒になって寝てくれることです。

朝起きると隣には、必ず「チャッピー」がいる。それが、僕にとっての大きな安らぎでした。

しかし、ある日突然、大悲劇が起こった。

朝起きると、チャッピーが冷たくなっていました。いくらゆすっても、何度ゆすっても、目を覚ましてくれませんでした。

しばらくして、ミタさんがやって来ました

僕が、呆然としていると

「死んでいるね」

といいました。

「きっと目を覚ますよね」といったら、

「永遠に、目を覚まさないよ、死んでるからね」

と言いました。

僕は、「死」という意味が良く分からなかった。

でも、きっとチャッピーには、もう会えないと思った。

どうして、こんなことになったのか・・・

ミタさんは、最悪にも「大きなゴミ箱」に彼を放り投げて、ゴミ箱ごと持って行ってしまった。ああ、ぼくはすごく悲しかった。

心の中で、チャッピーに「さようなら」を言った。

そして、翌日の朝、僕は突然、悪夢にうなされて飛び起きました。

鮮明に思い当たることがあった!!

僕は、この牧場に来た時は8キロ、そしてどんどん大きくなった6か月後には、60キロ、一年後には80キロになった。

その時、チャッピーに忠告した。もう、僕のそばで寝たらダメだよ。おしつぶされるよ、と。

でも、もちろんチャッピーは何も答えなかった。僕の言っている意味が分かっていないと思った。でも、それが現実になった。

「チャッピーが、死んだのは、ぼくのせいだ!」

やりようのない絶望感がおそってきた。

ああ、どうしたらいいんだ!・・・・・

☆  ☆  ☆

目の前にチャッピーがいた。

「ピックくん、元気かい」

僕は、唖然とした。

「元気じゃないよね。君の気持は、痛いほどよく分かるよ。でも、これは現実だよ、夢じゃないよ」

陽光の中に、しっかりと4本の足でぼくを見上げている小さなネズミをまじまじと見た。間違いなくそれはチャッピーだった。

そして、今、チャッピーがしゃべっている!

どういうこと?

幽霊なの?

「ゆうれいじゃないよ。現実だよ」

僕は、返す言葉が見当たらなかった。

ええ!!しゃべれるの!?

何度も目をこすったが、確かに彼は目の前にいた。

そして、

「これから、君に起こることを、ぼくは伝えに来たんだよ。僕たちは、親友だよね。こころから分かり合える親友だよね。だから、はっきりと言うね。きみが一番心配していることは、ほんとに残念ながら、その通りだよ。しかも、その出来ごとは、もうすぐ来るよ。もう、避けようもない、どうしようもない現実だよ。でも、もっと重大なことを君に伝えに来たんだ。死んだはずのぼくは、今こうして生きているということだよ。

それからもうひとつ、君が心配していたことだよ。

僕は、『寿命が尽きて』死んだんだよ。決して君のせいで死んだんじゃないよ。このことは、ぜひ伝えておかないとね。

それと、ぼくは生きているからこうやって会いに来たでしょ。ぼくに約束してくれるかな。もう、これ以上悲しまないでね。涙を流さないでね。信じられないかもしれないけれど、これから、君の身にどんなことが起きようと、『君は死なない』よ。ぼくは、それを伝えにきただけだよ」

そういうと、チャッピーは消えていった。

彼の言う言葉の意味が、ぼくにはよく分からなかった。

☆  ☆  ☆

それから、早朝一番で、主任のキムラさんとミタさんが二人で慌てふためいて、飛び込んできて、大きな声で言った

「どうしたの、具合が悪いの、ぜんぜん食べないそうじゃないか。食べないと大きくならないよ」とキムラさんが言った。

僕は、はっきり言った

「大きくなったら、どうするつもりなの!」ぼくは叫んだ。

驚いたように、キムラさんは急に小さな声になって

「君の健康のためだよ」

といった。

「うそを言わないで。ぼくを食べるつもりでしょ!!」

僕の轟(とどろ)くような大きな声に、二人は押し黙った。

「ずっと、ずっと、ぼくをだまし続けてきたんでしょ」

「ぼくは、もうだまされません!」

「ぼくは何も食べません!」

「あなたたちの言うことは、信じません!」

「かえってください!!」

大きな声で、叫んだ。

二人は、去って行った。

チャッピーに、「涙を流さないでね」と言われたけれどダメでした。どうしても自然に流れてきました。

そして、僕は切に思いました。

悲しい。

この世界は、いったい何なんだ!

ぼくは、いったい何のために生まれて来たんだ!

☆  ☆  ☆

翌朝、校長先生が飛んできました。

「ピックくん、本当に、本当に申し訳ない。なんど謝っても、納得はいかないと思うけど、これは、どうしようもないことなんだよ」

「ぼくを、ずっとだましていたんですね!」

「だましたつもりはないよ、すべては知恵のせいだ。だれのせいでもないよ。この一年間、おいしいものをたくさん食べて、君は幸せだったはずだ。これが、君の運命なんだよ。ブタの運命なんだよ。これが、人間とブタとの変えようもない運命なんだよ。

知恵さえなかったら、こんなことにはならなかった」

「そんな運命なんて、ぼくは信じません」

『ぼくは、死にたくありません!』

『ぼくは、死にたくありません!』

『ぼくは、死にたくありません!』

とめどもなく、涙がながれてきました。

・・・・・

校長先生は去っていきました。

☆  ☆  ☆

〔校長室にて〕

校長先生は、今絶望の淵にいる。

こうなることは分かっていたはずなのに・・・

先延ばししてきた大問題。でも、今どうしたらいいのか分からない。

ピックの気持ちは痛いほど分かる。しかし、いったいどうすべきかが分からない。

後5日。それは待ったなしにやってくる。

ピック君がこの学校にやって来たのは、1年半前。10キロに満たない本当にかわいいピックくん。連れてきたのはぼくだ。理由は、二年の一度の大カーニバル、謝肉祭のためだ。そのために彼はやって来た。ああ、それなのに・・・

校長の一存で、ピックくんを逃がすわけにはできないし、ましてやカーニバルを中止することはありえない。町中のみんなが待っている、学校の生徒たちも楽しみにしている。ああ、ピックくんの気持ちは痛いほど分かる。堂々巡りの混乱のなかで、校長先生は心から泣いた・・・

〔冬のとばりの中で〕

ぼくは、一晩中考え続けました。

あらゆる「ブタの知恵」を絞って考え続けました。

そして、チャッピーの言葉の意味も考えてみました。でも、ぼくには「真実」は分かりませんでした。

でも、運命の日は迫っています。チャッピーの言うように絶対に逃げられない、

のがれられない運命の日なのかもしれません。

ぼくは、その日一日で、一生分を考えました。

ぼくは、その日一日で、みんなの幸せを考えました。

そして、最後には、なぜか、なぜか、静かな、穏やかな、鏡のような、透明な透き通った湖のような気持ちになりました。

みんなが楽しみにしている、ぼくの運命の日「謝肉祭」

☆  ☆  ☆

翌日の早朝。

校長先生は、泣きはらした目でやって来た。

後ろには、キムラさんとミタさんもいた。

校長先生は、頭を深々と下げました。

ぼくは、大きく深呼吸しました。

これからぼくに起こることは、分かっています

・・・

そして、自分でも信じられない言葉を発していました。

「謝肉祭を台無しにするわけにはいきません」

三人が、泣いているのが分かりました。

三人が、また深々と頭をさげました。

ぼくは、思い切って校長先生に聞くことにしました

「死ぬときは痛くありませんか」

「痛くはないさ。大丈夫だ。心配ないさ。あっという間だ、ほんの一瞬さ」

「死んだらどうなるんですか?ぼくは、どんなに考えても分かりませんでした」

「それは、ぼくもよく分からない。でも、おそらく、静かな、静かな、何もない、苦しみも、悲しみも、まったくないところへ行くんじゃないかな。心配しても仕方ないさ。いつかは、みんな、みんな死ぬのだから・・・

僕だって、キムラくんだって、ミタくんだって、いつかは死んでいく。心配することはないさ。もうこれ以上考えないことが一番だな」

いつの間にか、あたりは、凍えるような冬のとばりが迫ってきていました。

人生とは何なのか。死とは何なのか。

ぼくは、校長先生の言ったことを信じようと思いました。

☆  ☆  ☆

翌朝、ぼくは天に召されました

ぼくの人生は、一年と6か月です

でも、精一杯、一生懸命に生きたつもりです

11月15日。いよいよカーニバルの始まりです

打つ上げ花火がドーンと上がりました

楽団の行進が始まりました

もう、御馳走がいっぱいです

なんといっても、一番のごちそうは、お肉です

テーブルは、どこもお肉がいっぱいです

子供たちは、大喜びです

なぜか、ぼくは悲しくはなかった

校長先生は、間違っていたなあ

ぼくは、こうして生きている

こうして天上から見ると、地上の世界のことが隅々まで、はっきりと見える

もう、そろそろ行かないといけないようだ

急に、ガクンと浮き上がった

どんどん浮き上がった

天へ天へと上がって行った

なぜか、とても気持ちがいい

見えないはずのものが、見えてきた

すべて、すべて見えてきた

体は突然なくなった

自分自身が激しく光っているのが見えた

その夜

山のふもとの高原では

校長先生と、孫の健太くんの姿が見えた

満天の空には、たくさんのお星さまが輝いています

そして

健太は、夜空を見上げて言った 「あれ、超新星かな」

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