黄輝光一公式サイトへようこそ。

読売新聞掲載「クミコのケアノート」より

エッセイ
この記事は約2分で読めます。

〔人は、死なない。つづきがある〕

2021年2月20日、「読売新聞」掲載「クミコさんのケアノート」より。

歌手のクミコさん(66歳)は、自宅近くに住む父〔92歳〕と母〔92歳〕の家にほぼ毎日通い、生活の手助けをしています。

記事には、その介護の状況が、詳しく書かれております。

そして、クミコさんは、自身の「死生観」として、

死とは、不自由な体から自由になること」と考え、

自由への旅立ちを手伝うこと」を最優先にしようと決めて、両親に寄り添い続けています。と語っています。

「私は、死は、悪いとも怖いとも思ってはいませんし、こちら側とあちら側は、つながっていると考えています」と。

クミコさんは、両親に対して『死なない人はいないけど、必ず行き着く場所があるから大丈夫!』と励ますこともあるくらいです、と語り、

「私のこれからの最優先課題は、両親を見送ることです。

長く生きているほど体は不自由になるし、二人はそのしんどさを身に染みて感じているはずです。

『その不自由さから自由になれるといいね』といつも思っているので、死は自由への旅立ちといえるでしょう。世話や介護は、その旅立ちをお手伝いすること。私もいずれ行きますから、あちら側で待っててね」と、そして

「死は、新たなる門出です。『祝い』です。新しい門出ですから、祝うように送りたい」とケイコさんは言う。

そして、最後に、この掲載の編集者「聞き手」である「松本彩和」さんは、

その長時間にわたるインタビューで、

死は、暗いイメージを抱いていたが、クミコさんの言葉で見方が変わったと記し、いつか来る日に備えて、世話や介護は自由への旅立ちに向けてのお手伝いというクミコさんのお言葉を忘れずにいたい」と、結んでいる。

私見 私、黄輝光一は、読売新聞のそのものズバリの、その内容に大変驚きました。

まさに、その通りだからです。よくぞ掲載されましたと、ビックリです。感動です。

『死んだらお終い』だと確信している人にとっては、とんでもない内容だと思われる方も多いことでしょう。

〔紙面には、クミコさんの経歴も詳しく書かれております〕

【略歴】 

別名 高橋久美子、高橋クミコ。1954年9月26日〔66歳〕。水戸市生まれ。

早稲田大学教育学部卒業。1983年にシャンソン喫茶『銀巴里』で歌手デビュー。2000年、「クミコ」に改名。2010年、平和と核廃絶を願う「INORI~祈り~」で、「NHK紅白歌合戦」に初出場。

2019年6月には、死の間際の女性が残した詩をテーマにした「妻が願った最後の『七日間』」を発表し大きな反響を呼んだ。

シャンソン歌手、歌謡曲・ポピュラーソング。

コメント